
アニメーション映画監督・細田守氏の過去最大規模の展覧会「細田守の原点/展」がCREATIVE MUSEUM TOKYO(東京・京橋)にて、2026年6月20日(土) から 8月31日(月)まで開催。6月19日に開催されたプレス内覧会にて、細田監督と、監督作品に4度出演する“盟友”染谷将太が登壇し、トークイベントを実施した。
■「細田守の原点/展」概要
今なお多くのファンを生み続けている「時をかける少女」「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」を中心に、絵コンテ、レイアウト、 原画、美術ボードなどの制作資料を過去最大規模で展示。
細田守監督の原点ともいえる作品群を新たな視点から発見し、あの夏の感動をもう一度体験できるような展覧会だ。
アニメーションや映画、絵画からの影響を映像演出に大胆に取り込みながら エンターテイメント性の高い作品を生み出し続け、その類稀な映像世界の演出、そして「果てしなきスカーレット」の挑戦にまで続くテーマ性や作家としての普遍性に迫る。
■「一人で歩いてきた!?」オーディションでの衝撃の出会い
二人の出会いは13年前、「おおかみこどもの雨と雪」のオーディション。細田監督にとって、染谷の第一印象は強烈なものだった。
細田監督:あの日は午後から制作発表があって、その足で四谷のスタジオへ向かったんです。そうしたら染谷くん、マネジャーさんもいなくて一人で歩いて会場に来たって言うじゃないですか(笑)。「タクシーも使わず一人!? この人はすごい自律した人なんじゃないか」と。僕自身も背筋を伸ばしてオーディションしなきゃと思わされました。
染谷:もともと監督の作品が大好きで、とにかく緊張していました。当時は19歳か20歳くらいで、声の仕事も全くの未経験。でもスタジオで監督と過ごす時間が本当に楽しくて。
単にセリフを読むだけでなく、「子供の頃はどう過ごしていたか」といった深い対話を重ねた二人。当初は「おおかみおとこ」や「雨」役を想定していたが、監督は「どうしても彼に出てほしい」と、あえて年齢の合わない「小学校の先生(田辺先生)」役を急遽用意したという、驚きの裏話も明かされた。
■役所広司、大泉洋らと「順撮り」贅沢すぎる制作現場の裏側
その後「バケモノの子」では主人公・九太役に染谷を指名。そこには細田監督の厚い信頼があった。
細田監督:オーディションなしで、最初から染谷くんに九太をやってほしいと思っていました。
染谷:オファーをいただいた時は驚きましたね。現場は、役所(広司)さんやリリー(・フランキー)さん、大泉(洋)さんたちが九太を見守っているという、作品そのままの景色。しかも物語の最初から順番に録っていく「順撮り」だったので、皆さんと一緒に作り上げている実感がすごかったです。
細田監督:アニメでは珍しいんですが、役者さん全員に集まってもらってね。出番がないシーンでもみんなで見守る。その空気感が、キャラクターの変化をより生々しくしてくれたんです。
■1982年の夏、NHKの番組を見て…中3時代の「原点」に染谷も驚がく
本展の目玉は、細田監督が中学3年生の時に制作した8mmフィルムの自主制作アニメ。1982年、NHKの若者向け番組「YOU」のアニメ特集を見て、「自分も作らずにはいられない!」という抑えきれない初期衝動から生まれた一作だ。
細田監督:44年後にこんなところで発表するなんて、思いもよらず…(笑)。中学生の時に書いた文章を読まれるくらい恥ずかしいけれど、このタイトル(原点展)じゃなきゃ絶対に出しませんでした。
しかし、一足先に鑑賞した染谷は「鳥肌が立った」と語る。
染谷:1分間の映像ですけど、もう完全に「映画」なんです。今の作品に繋がる「龍」のモチーフが当時から描かれていて。40年以上経っても一貫している監督の魂に感動しました。
■「サマーウォーズはガラケーの時代だった」時代を超えるメッセージ
展示では、大学時代の油絵や自作の映画、監督の私物である本棚までが再現されている。
染谷:監督の大学時代の油絵の色彩も、今の作品に通じるものがありました。自分も子供が生まれてから「おおかみこどもー」を見返すと、また全く違う感動があって。時代が変わってもブレない信念があるからこそ、世代を超えて響くんだなと思います。
細田監督:さっき染谷くんと話して驚いたのが、「サマーウォーズ」を作った15年前はまだガラケーだったんだなって(笑)。でもそこで描いたAIとの関係性は、今まさに僕らが直面している問題。時代とともに変わるものと、変わらないもの。それを今回の展覧会で自分自身も再確認できました。
最後は「ものを作りたいという衝動を持っている若い人にも、ぜひ見てほしい。何か刺激になれば」と、次世代へのメッセージで締めくくった。

