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若手俳優・吉田美月喜、舞台でも観客を魅了 『リア王』難役とのシンクロニシティ

若手俳優・吉田美月喜、舞台でも観客を魅了 『リア王』難役とのシンクロニシティ

左-コーディ—リア役吉田美月喜、右-ケント伯爵役山内圭哉
左-コーディ—リア役吉田美月喜、右-ケント伯爵役山内圭哉 / 撮影:宮川舞子

吉田鋼太郎が主演・芸術監督、長塚圭史が演出を務める「彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd」の第3弾『リア王』が全国公演中。石原さとみや藤原竜也ら経験豊富な俳優陣が名を連ねる中、三女コーディーリア役を務めたのは、映画『ルックバック』で主演声優を務めるなど映像作品以外でも活躍の幅を広げる若手俳優・吉田美月喜。本記事では、吉田演じる三女コーディーリアが、悲劇『リア王』にもたらした影響について深掘りする。

■シェイクスピア四大悲劇『リア王』とは

退位することを決めた高齢のリア王(吉田鋼太郎)は、3人の娘に領土を分け与えることを決める。その条件として「王への愛」がどれほどのものか試すが、巧みに王への賛辞と愛を語った長女と次女に対し、誠実さゆえに甘言を弄すことを拒んだ末娘、コーディーリアを追放してしまい、臣下も巻き込んだ悲劇の連鎖が始まってしまうという物語。『ハムレット』『オセロー』『マクベス』と並ぶ、シェイクスピア四大悲劇の一つ。
上:リア役吉田鋼太郎、下:コーディーリア役吉田美月喜
上:リア役吉田鋼太郎、下:コーディーリア役吉田美月喜 / 撮影:永田正雄


■三女コーディーリアが背負う真の「悲劇」の成立

本作で吉田が演じる三女コーディーリアは、数少ない良心の存在でもあり悲劇の象徴としても描かれる。

吉田が演じるコーディーリアは難解な役だ。父であり絶対的権力の象徴でもある“王”から「どれほど自分を愛しているか」と問われ、甘言を弄する姉たちとは対照的に「言うことは何も」と短く答える。その姿は、一見老いゆく父(王)への冷たい侮蔑、若さゆえの驕り、融通のきかない若輩者の理想主義者と捉えられても仕方ない。それほど言葉たらずなコーディーリアだが、しかしその実、王への敬愛と不器用なまでの清廉さを根底に抱く“劇中唯一の救い”といってもいい人物なのだ。

リア王を中心に長女、次女が財産や男性をめぐる骨肉の争いを始め、“悲劇”と呼ばれるシチュエーションが数多く散りばめられている本作だが、真の「悲劇」に到達するには、吉田が担うコーディーリアの存在が大きな影響力を持つ。

コーディーリアは多弁な役ではなく、解説じみた心情の補足もない。観るものに委ねる幅が広いからこそ、コーディーリアという人物の根底にある「至高」とも言える誠実さを、観客に一瞬で納得させる説得力が必要となる。それこそが、コーディーリアを演じる俳優に求められる最大の資質であり難しさなのだ。
左:コーディーリア役吉田美月喜、右:フランス王役馬場煇平
左:コーディーリア役吉田美月喜、右:フランス王役馬場煇平 / 撮影:永田正雄


■「至高の誠実さ」と吉田美月喜の所作

この重責を担った吉田は、その洗練された立ち振る舞いによってコーディーリアの魂を見事に具現化している。姉のゴネリルとリーガンが、言葉巧みに王への愛を飾り立てる間、言葉を発せずとも迎合しない意思を、その凛とした佇まいから感じずにはいられない。そして、姉妹から最大級の甘美な言葉を囁かれたリア王が末娘にも愛の言葉を促すと、静かに「言うことは何も」とはっきり言い切り、観客は姉妹の醜悪な甘言の応酬から一気に引き戻される。

当然、王は怒り狂いながら発言を取り消す機会を与えるが、コーディーリアは頑なまでに譲らない。そして王から理不尽なまでの罵り、罵倒、婚約者まで巻き込んだ数々の侮蔑の言葉を次々に浴びるも取り乱すこともなく、許しを懇願するわけでもなく、王国を追放され静かに去っていく。

派手なセリフがあるわけではない。大きなアクションで魅せるわけでもない。ただ、静かに王に歩み寄り、ひざまずき、見つめるだけの些細な吉田の所作がコーディーリアの内に秘めた眩しすぎるほど真っ直ぐな清廉さと揺るがない高貴な意思、父・リアへの愛と信頼を体現し観客を魅了していく。

この吉田の身体性から滲みでる表現力がコーディーリアの精神性とシンクロし、観客の心に焼き付くことで、クライマックスの悲劇に深みをもたらしている。
左より、リア役吉田鋼太郎、リーガン役松岡依都美、コーンウォール公爵役稲荷卓央.コーディーリア役吉田美月喜
左より、リア役吉田鋼太郎、リーガン役松岡依都美、コーンウォール公爵役稲荷卓央.コーディーリア役吉田美月喜 / 撮影:永田正雄


■長塚圭史・柘植伊佐夫が俳優に託したもの

また、演出を手掛けた長塚圭史と、扮装プランナーの柘植伊佐夫が彩った世界観も大きな役割を果たしている。

舞台美術は驚くほどシンプルで、かつ抽象的。王宮を再現するような豪華な舞台美術や過剰な装飾はなく、限界まで要素を排除した盛土の舞台。古代ブリテンの世界観は、俳優の肉体と発する言葉に委ねられ、剥き身のまま舞台から放たれる。

「引き算」の極地とも言えるシンプルな舞台は、演者の感情や息遣いまでもダイレクトに伝える一方で、誤魔化しのきかない苛烈な場所となる。しかし、この「引き算」が吉田の持つ資質と、コーディーリアという役の純度をこれ以上ないほど研ぎ澄ませ、見事に融合させる助けとなった。

柘植伊佐夫による衣裳もまた同様の効果をもたらす。いわゆる王女を連想させるデコラティブなドレスや権威を誇示するような装飾ではなく、三姉妹が身に纏うのはギリシャの女神を彷彿とさせるシンプルなドレス。シルクのような質感高い一枚の布を体に巻きつけ生まれたドレープは美しく、高貴な印象を与える。繊細な衣裳は役者のわずかな動きを逃さず増幅する装置となり、吉田は衣裳を味方につけその美しい所作でコーディーリアの内面を表現し観客を舞台に引き込んだ。
中央:コーディーリア役吉田美月喜
中央:コーディーリア役吉田美月喜 / 撮影:永田正雄


■「声」が彩るコーディーリアの存在

本作の終盤、悲劇的な結末を迎えたリア王は、最愛の娘を偲びコーディーリアの「声」に想いを馳せる。このエピソードが象徴するように、コーディーリアの声と台詞は彼女の本質を示す象徴的なツールとなる。

吉田から発せられるコーディーリアの台詞の多くは低く、深く、落ち着いたトーンで語られる。そして、決して多いとは言えない台詞ではあるが、それ故に積み重ねた言葉が印象に残り、コーディーリアの揺るぎない意思と、苦悩、父・リアへの慈愛に満ちた感情が温度をともなって観客に受け入れられる。

吉田はアニメ映画「ルックバック」(2024/Leminoにて配信中)に声優として出演したキャリアを持つ。演じた役の切り口は、今回とは異なるが「キャラクターにぴったり」と監督に言わしめた声優としての素質と経験は、吉田にとってコーディーリアという役に厚みをもたらす武器の一つになっていることは間違いない。

奇妙なことだが、少ない台詞と吉田が放つ深く落ち着いた声、そして美しい所作がかけ合わさったことで吉田が演じるコーディーリアの存在感が説得力を持ち、観る者にそのイメージを立体的に浮かび上がらせることに成功している。
左より、リーガン役松岡依都美、コーンウォール公爵役稲荷卓央.リア役吉田鋼太郎、コーディーリア役吉田美月喜
左より、リーガン役松岡依都美、コーンウォール公爵役稲荷卓央.リア役吉田鋼太郎、コーディーリア役吉田美月喜 / 撮影:永田正雄


■吉田鋼太郎と吉田美月喜が生んだ、父娘のコントラスト

本公演が、深い余韻を残すのは単に悲劇の物語だからではない。主演を務める吉田鋼太郎をはじめ、一分の隙もない実力派俳優たちが盤石の布陣で劇中の時を歩み、積み重ねているからこそ観客は『リア王』の世界に引き込まれ、その結末に奥深い悲劇を感じることができるのだ。

石原さとみが演じる長女ゴネリルと、松岡依都美演じる次女リーガンの欲望に突き動かされる妥協なき姉妹の姿。王に見限られても姿を変え、仕え続ける忠臣ケント伯爵を山内圭哉が演じ、もう一つの悲劇の舞台となるグロスター家では山西惇、藤原竜也、矢崎広らが骨肉の争いを繰り広げる。

そして、吉田鋼太郎が演じるリア。絶対的な権力者からの失脚、狂気への転落、そして王の衣を剥がされ老いさらばえた一人の人間としての剥き出しの姿…。どのシーンを切り取っても吉田鋼太郎が演じるリア王には、すべてを呑み込む土石流のような凄みと迫力がある。圧倒的な存在感で物語の「動」として君臨する舞台の王だ。

そんなリア王に対し、吉田演じる三女コーディーリアは恐れず対峙し続けた。吉田鋼太郎が生み出すリア王という濁流の中で、力強く燃え、光る清廉な「静」の存在として物語にコントラストを描き出す。

リア王を中心に、経験豊富な俳優たちが欲望と欺瞞、策謀に満ちた血溜まりのような世界を描き、染め上げる「悲劇」だからこそ、吉田が演じるコーディーリアの清廉性が際立ち、唯一の救いとして強烈な光を放つことができるのだ。

2018年のデビューから着実にキャリアを重ねてきた吉田。まだ23歳の彼女にとって『リア王』は間違いなく新境地を開く作品になることだろう。
左:リア役吉田鋼太郎、右;コーディーリア役吉田美月喜
左:リア役吉田鋼太郎、右;コーディーリア役吉田美月喜 / 撮影:永田正雄


・取材/文:舛田玄

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