コミックエッセイ『しんどい母が、嫌いで好きで。』は、忍者ママさんのお母さんについて描いた作品。「毒親」の一言では語れない関係性を、明るいタッチでお届けする。
今回は、20歳で長崎から上京し「何者かになりたい!」との思いから浪曲師に弟子入りした忍者ママさんの母・えっちゃん。朝から晩まで師匠の家で住み込みで働き、気づけば8年が経っていた。





■持って生まれた才能に負けたと認められるのも、ある程度才能を持っているからこそ
浪曲の道に入って8年、姉弟子にこれからのことを聞かれ「とにかく売れたい」と答えるえっちゃん。姉弟子は彼女にある人物の舞台を「現実の残酷さを知れる」から見るよう促し、翌年に結婚して引退する。このエピソードに込めた思いを聞いてみた。
「努力では勝てないものって、あると思うんですよね。特にアーティスティック的な面は、持って生まれた才能に大きく左右されると思います。その才能に勝った負けたの判断をできるのも、またある程度才能を持っているからこそです。姉弟子さんはおそらく、負けを見極めたのだと思います。えっちゃんは見極める才能が無かったのか、もしくは鈍感力が優れていたのでしょう(笑)」




ここからさらに2年の時が流れ、えっちゃんは小さな舞台にあげてもらうようになっていた。が、師匠から突然一門の解散を告げられ「長崎に帰ってほしい」と頭を下げられる。10年の修業が水の泡になりニートとして社会に放り出されるなんて心を病んでもおかしくはない状況だが、えっちゃんは「なんとかなるでしょの精神」だったと当時を振り返る。
この話をはじめて聞いた時、娘の忍者ママさんはどのように感じたのだろう。
「えっちゃんは基本的に楽天家です。もちろん、10年続けていた世界の解散は衝撃的で世界の終わりを告げられたも同然だったと思います。しかし娘の私の想像にはなりますが、衝撃の渦中であっても、次のステージへのワクワクもすぐに出たのではないでしょうか」
もしも同じ状況に置かれた場合、忍者ママさんならどのように考えそうか聞いてみた。
「私もえっちゃんの性格を受け継いでいると思います。このころは子どももおらず自分だけの人生なので、おそらく長崎に帰ってくる頃には不安より、次は何をやろう?とよくも悪くもドキドキしていそうです(笑)」
さらに娘の目から見たえっちゃんの人生について、感じることを語ってくれた。
「解散が無ければ、えっちゃんはまだ東京で夢を追っていたと思います。今とは全く違う人生を歩いていたのではないでしょうか。でも、この人生もまた何が起きるかわからないので、今は今でよかったのだろうと思います。東京で夢を追ってもよし、長崎に帰って結婚して子どもを育てるもよし。えっちゃんは自分の人生に、後悔など全くしてないと思います」




複雑な思いを抱きつつも嫌いになれないお母さんとの関係や、そんなお母さんの幼少期を赤裸々に描いた漫画を、今後も楽しみにしてほしい。
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