福江島半泊の持つストーリーをお酒に込めたかった
小竹:五島列島に移住して4年目だそうですが、いかがですか?
鬼頭さん(以下、敬称略):離島はすごく寂しいところのようなイメージがあったのですが、意外と普通の町です。もともと裾野市という小さな町に住んでいたので全く違和感がなかった。違和感のない街なのに、ちょっと離れるとすごく綺麗な海や山があって風光明媚なところがあるという感じですね。
小竹:改めて、キリンを退職して、自称“おじさん3人組”で五島列島でお酒を作ろうと思った経緯を教えてください。
鬼頭:門田と小元という2人と一緒に始めたのですが、彼らが知り合いに案内された福江島に心を奪われてロックオンされてしまったんです。なので、私に話が来たときには、ほぼほぼもうここで作ると決まっていた状態でした。

五島列島福江島にある五島つばき蒸留所
小竹:3人とも縁もゆかりもない場所なのに、なぜそこまで惹かれたのでしょうか?
鬼頭:お酒は飲んでおいしいだけではなくて、どういうところで作っていて、どういう歴史を背負っていて、それを踏まえてどういう味がするのかみたいなストーリーがすごく重要なのではないかと3人とも考えているんです。
小竹:うんうん。
鬼頭:潜伏キリシタンが開いた集落であったり、簡単には行けない一本道を通って行けるところがあったり、とても綺麗な入江があったり、いろいろなストーリーがこの蒸溜所を立ち上げた福江島の半泊という場所にはある。そういったものをお酒にしてお客さんに伝えられたら、より豊かなお酒になるのではないかと考えたんです。
小竹:鬼頭さんには、いきなり2人から声がかかったのですか?
鬼頭:いきなりです。4年前のゴールデンウィークに何も言われずに呼ばれて話を聞きました。当時、キリンはウイスキーに力を入れていて、世界にも販路を広げていこうと頑張っているときでした。私は中身を開発するブレンダーの責任者としてやっていたので、モチベーション高く仕事をしている時期ではあったんです。ただ、それとは別に妄想だけは持っていた。
小竹:どんな妄想ですか?
鬼頭:今まで培ってきた知見や技術を使って、南の離島でお酒を作り、世界の人たちや島の人たちに喜んでもらうことをやりたいとずっと思っていました。そういう妄想があったので、2人から話を聞いたときも唐突感はなかった。妄想が実現になるかもと瞬間的に思ってしまったんです。
小竹:そこからどれくらいで会社を辞めたのですか?
鬼頭:1週間後には退職願いを出していました(笑)。子どもたちはもう手が離れていましたし、妻も反対せずに「行ってみたら」と言ってくれました。ただ、後々話を聞いてみたら、「反対しても無駄だろうから、寂しいけど了解しました」と言っていましたね。
20種類の原酒を調合して作る「GOTOGIN」
小竹:では、五島つばき蒸溜所が作られた「GOTOGIN」を味わってみたいと思うのですが、どのように飲むのがいいでしょうか?
鬼頭:ジンは一般的にはジントニックにするなど、割り材として使われることが多いですが、「GOTOGIN」は口に入れる前から後味までの香味を設計して調合して作っていますので、ストレートやロック、ソーダ割りや水割りなど、ほかに味を加えずに飲んでいただくのがおすすめです。ただ、嗜好品なので、お好きなように飲んでいただいて問題ありません。
小竹:では、飲んでみたいと思います。
鬼頭:まずはしっかりと氷と馴染ませてください。成分が濃いので、混ぜていると白く濁ってきます。成分を濃くしても雑味が出ないような作り方をしています。味と香りがどんどん変化していきますので、口の中で味わいながら飲んでみてください。
小竹:飲み終わった後の口の中に広がる香りがいいですし、爽やかな香りが鼻から抜ける感じもありますね。
鬼頭:香りを残しつつ、後味をピリッと切らせるために、四川の青山椒のサンショオールというピリピリする成分をちょっとだけ入れています。そうすると後味が切れて、また飲みたくなるんです。
小竹:「GOTOGIN」には鬼頭さんの天才ブレンダーならではのこだわりが詰め込まれていると思いますが、味わい方をもう少し詳しく教えていただけますか?
鬼頭:「GOTOGIN」はジンと言っていますが、ジンを作るつもりでは作っていないんです。半泊という場所のストーリーを最初にお知らせして、そのストーリーに興味を持ってくれたお客さんが飲んだときに、そのストーリーをもう一度追体験できるみたいな感覚で作っています。ジンというより、半泊の歴史と風景と風を全部感じていただけるスピリッツという感覚です。
小竹:はいはい。
鬼頭:海の色の要素、香りの要素、山の色の要素、土の香りの要素、草の要素、厳しみの要素などを全て分解してジンボタニカルという香味植物に置き換え、その中からその要素の味や香りを抽出して原酒を調合する感覚でブレンドして作ったのが「GOTOGIN」です。
小竹:何種類くらい入っているのですか?
鬼頭:17種類のジンボタニカルから抽出しています。ただ、やり方を変えて同じもので2回蒸溜したり、同じジンボタニカルでも出てくる場所で成分が違ったりするので、17種類のジンボタニカルで20種類の原酒ができる。その20種類の原酒を調合して作っています。

調合の様子
小竹:17種類には、どういったものが入っているのですか?
鬼頭:一番重要なのは椿の種。椿は潜伏キリシタンの人たちにとっても重要な植物でした。潜伏キリシタンの人たちは、食べ物を作る場所が少なくてあまり豊かではなかったので、椿をまず植えて、そして椿の種から油を取って食用にしたり明かりにしたり、葉っぱも薬にしたりしていたという重要な木です。ですから、それは絶対に使おうと思っていました。
小竹:椿の原酒はどういった味なのですか?
鬼頭:椿の種の成分には油が多いです。油はオレイン酸というオリーブオイルの油と同じ成分で、オレイン酸は酸化しにくいので劣化しにくいんです。原酒は香りはそんなに強くなくて穏やかで、オイルがアルコールを柔らかくしてくれたり、いろいろな香りの強い原酒たちをまとめて全体を包んでくれたりするという、とても重要な縁の下の力持ち以上の働きをしてくれています。
小竹:鬼頭さんはジンを絵画で表現されることも多いですよね?
鬼頭:ジンは使うものに制約がなく、食経験のある食べ物は全て原料にできる。絵画で考えると油絵みたいなもの。一方でウイスキーは、原料がモルトやグレーンと決まっていて、味わいにバリエーションがあまりない。そういったものをブレンドして1つの味や香りを作っていくので、水墨画に近い感覚ですね。

