芸術的協働と独自性の模索
クローデルはロダンのアトリエで、単なる弟子として細部を仕上げるだけではありませんでした。《カルカスの市民》の手足や、《地獄の門》の顔部造形など、一部の作品に彼女が関与したとされる箇所があり、同時に二人の作風は互いに混ざり合っていきます。
学芸員や研究者の中には、ロダンがクローデルから着想を得て制作したと指摘する例もあります。二人は確かに影響し合いましたが、その表現の方向はまったく異なっていました。ロダンが肉体の量感を追求したとすれば、クローデルは感情のきらめきを形にしたのです。
1886年、クローデルは《サクンタラー》(Sakuntala)の制作を始め、1888年のサロンに出品します。再会した恋人の抱擁を詩情豊かに表したこの作品は、批評家から高く評価されました。《サクンタラー》は、ロダンのもとで培った技術を土台に、クローデルが自らの感性を確立しはじめた作品といわれています。
その後も制作を続け、1905年には大理石版を完成させています。
Camille Claudel.- Sakountala, dite Vertumne et Pomone, 1905, marbrePublic domain, via Wikimedia Commons.
続いて1889年には《ワルツ》(La Valse)の制作に取りかかります。寄り添って舞う恋人たちをかたどったこの作品は、愛の陶酔と幸福を表現したもので、1893年に完成。官能的すぎると批判を受けたため、布をまとわせたバージョンも制作されました。
La Valse ( 1893 ), par Camille Claudel, plâtre patiné et peint par l'artiste avant 1896. Musée Camille ClaudelPublic domain, via Wikimedia Commons.
この頃、二人の関係は終わりを迎えます。1892年、クローデルとロダンは決別しました。ロダンはその後も金銭的な援助を申し出ましたが、クローデルは「自立」を選び、援助を拒みます。女性の芸術家が自力で生き抜くのは極めて困難な時代──それでも彼女は孤独に創作を続ける道を選んだのです。
こうした作品群は、単に「ロダンの影響下」では片づけられない独自の感性と詩情を備えており、クローデルが芸術家として自らの道を模索していた証しでもあります。
主な作品と表現の特徴――感情をかたちに、光で息づかせる
クローデルの彫刻は、"力強さ"よりも、感情の動きをかたちにすることに焦点が当てられています。その感情表現を支えているのが、素材の選び方と光の扱いです。たとえば、滑らかな肌の面と粗い地肌を対比させることで、感情の緊張や揺らぎを浮かび上がらせるなど、触覚的な造形によって心理を語ろうとしました。
ロダンと比べられがちな彼女ですが、その表現は量感よりも「空気の流れ」「時間の経過」といった目に見えない要素へ向かっていきます。
《分別盛り》(L’Âge mûr, 1894–1899頃)
ー (構想1893年頃〜、1902年サロン出品。現存ブロンズは1913年以降の鋳造)
Camille Claudel, "L'Âge mûr", 1899, bronze, fonte Frédéric Carvilhani, après 1913 (?), Musée Rodin, Paris, France, Public domain, via Wikimedia Commons.
去ろうとする男性、引き留める若い女、背後で導く老女——三者の緊張が1点に集まる構図。多くの解説で、男性=ロダン、老女=ローズ、若い女=クローデル(本人はこの若い女を "Implorante=嘆願する者" と呼ぶ)という読みが提示され、私的な物語を超えて人間関係の断絶と運命を凝縮した象徴劇として語られます。
同作の初期案は1894–95年の制作にさかのぼり、クローデル自身が弟ポールへの書簡で「三人組(groupe des trois)」と呼んでいたこと、さらには運命を強調するため傾いだ樹を加える構想まで語っていたことが記録に残っています。成熟期の到来を告げる代表作です。
クローデルの芸術性が際立つのは——
・物語を"説明"せず、身体の向き・手の伸び・間(ま)で心理を見せること。
・三者の量塊が作る斜めの流れ(ダイナミックな動線)で、視線と感情を同時に引き寄せる構図。
・個の体験を、寓意(アレゴリー)にまで引き上げる造形のまとめ方。
《波》(La Vague, 1897–1903頃)
La vague ("The Wave") by Camille Claudel at the Museo Soumaya in Mexico CityPublic domain, via Wikimedia Commons.
三人の裸婦を呑みこむ大波。ここでクローデルは、ブロンズの重厚な質感と、オニキスの透き通るような光沢を組み合わせることで、光の反射と透過を生かした、光を感じる彫刻を生み出しました。葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》の影響が指摘され、のちの異素材ミックスの実験へとつながります。
富嶽三十六景 神奈川沖浪裏Public domain, via Wikimedia Commons.
クローデルの芸術性が際立つのは——
・ブロンズ×石(オニキス)のハイブリッドで、光の反射・透過を設計する先進性。
・波のリズムに人物を溶かし込む動勢の一体化(動きの彫刻)。
・アール・ヌーヴォー的感覚へ自然につながる装飾性と曲線美。
《ペルセウスとメドゥーサ》(Persée et la Gorgone, 1897–1902頃)
Persée et la Gorgone Camille Claudel François PomponPublic domain, via Wikimedia Commons.
神話を借りながら、メドゥーサの首に自分の顔を与えたとされるラディカルな自己像。ミケランジェロからチェリーニ系譜の古典を踏まえつつ、自己の痛みを造形に転写するモダンなまなざしが際立ちます。
クローデルの芸術性が際立つのは——
・神話という古典的主題を、自身の時代感覚と感情表現を交えて再構成している点。
・人物の動勢と静止を巧みに対比させ、緊張と均衡を同時に生み出している点。
・大理石の滑らかさと構図の明快なコントラストで、造形の精緻さと存在感を際立たせている。
