
「ザ・偉人伝 永遠の昭和歌姫 3時間スペシャル淡谷のり子・笠置シヅ子・越路吹雪・江利チエミ」(夜8:00‐10:54、BS朝日)が6月28日(日)に放送される。ナレーターは村上弘明が担当。
■「ザ・偉人伝」とは
時代を彩った昭和歌謡の作詞家や作曲家、歌手などの波乱万丈な人生と名曲誕生の裏側に迫る音楽ドキュメンタリー。
今回は、「時代を輝かせた愛と孤独の歌声」として、 歌手・淡谷のり子、笠置シヅ子、越路吹雪、江利チエミを特集。
戦前・戦中・戦後という日本が最も苦しんだ時代に、希望と光を贈り届けた淡谷、笠置、江利、越路。権力との戦い、最愛の人との別れなど、容赦なく降りかかる運命に翻弄(ほんろう)されながらもマイクを握り続けた4人の人生を、歌声と共に振り返る。
インタビューは、服部隆之(服部良一・孫)、亀井ヱイ子(笠置シヅ子・娘)、久保益己(江利チエミ・弟)、キムラ緑子(笠置シヅ子・役)、中村メイコ(江利チエミ・友人)、榊原郁恵(淡谷のり子・共演)、真琴つばさ(越路吹雪・後輩)ら。
■物書きを夢見た少女・淡谷のり子
作家や新聞記者を夢見ていた淡谷。実家の呉服屋を焼失し、女学校を中退。青森から母、妹と上京後、音楽の道へ。「十年に一度のソプラノ」と絶賛され音楽学校を首席で卒業。関東大震災、東京大空襲に見舞われながら歌い続ける。
「別れのブルース」「雨のブルース」をヒットさせ、ブルースの女王となった淡谷。戦時中、歌手はドレスの着用と洋楽を歌うことなどが禁止される中、「これが私の戦闘服だ」と洋楽を歌い、モンペを履こうとしなかったという。
戦後はテイチク、ビクター等に在籍。バラエティー番組でも活躍しながら、晩年になっても毎日の発声練習を欠かさなかった。コンサートも精力的に行い、85歳で新曲を発表。最後まで歌手を貫き通した。

■歌で切り拓いた人生・笠置シヅ子
笠置は、父が早逝し、母の経済苦により生後半年で養女に出された。養父母の愛に恵まれ、宝塚歌劇団を夢見るも不合格。直談判で松竹楽劇団への入団を果たす。作曲家・服部良一に見いだされ、ジャズ歌手として売り出される。
戦争が激化し、洋楽が敵性音楽と見なされるなど、資金繰りが困難を極める中、弟が戦死。婚約者にも先立たれ、希望は一粒種の娘だった。どん底の中で歌った「東京ブギウギ」、「買物ブギー」などヒットを連発し、ブギの女王に昇りつめる。
躍動感あふれる楽曲とパフォーマンスで一世を風靡し、戦後は映画界に進出。わが子を育てるため、歌と踊りに衰えを自覚しての決断だった。唯一無二の喜劇女優として活躍し、その激動の生涯は様々なドラマや舞台で演じられた。
■宝塚歌劇団始まって以来の劣等生・越路吹雪
越路は、両親が姉の看病に専念するため、祖父母に育てられた。その後、父の勧めで宝塚歌劇団に入団。成績は芳しくないものの、天性の魅力で人気を博す。15歳で初舞台を踏み、戦後は男役のトップスターとして活躍。
歌劇団時代、当時雑誌の編集者だった岩谷時子と出会い、意気投合。越路の退団に伴い、岩谷はマネージャー兼作詞家として共に上京する。岩谷が訳詞した「愛の賛歌」「サン・トワ・マミー」「ろくでなし」など大ヒットを飛ばし、シャンソンの女王へ。
華やかな舞台の裏では極度のあがり症で、酒、煙草、睡眠薬が手放せない生活を送る。盟友岩谷時子に支えられ、常に孤独と向き合いながら歌を紡いだ。不世出のエンターテイナーとして輝かしい経歴を残し、昭和55年、癌により56歳で逝去した。
■家族を養った少女時代・江利チエミ
舞台女優の母が病床に伏し、家計を支えるため進駐軍キャンプを回った少女時代。しかし、デビュー直前に最愛の母を失くす。15歳、「テネシー・ワルツ」で鮮烈なデビューを飾り、大ヒット。天才少女として絶大な人気を博す。
天性の歌唱力とリズム感でジャズから民謡まで歌いこなし、美空ひばり、雪村いづみと共に「三人娘」として一世を風靡。映画やミュージカルでも活躍し、数多くの賞を獲得。私生活では高倉健と結婚し、順風満帆な人生を歩んでいく。
親族との金銭トラブルや流産などの悲劇に見舞われ、離婚。兄やおいも亡くし、火災による自宅の焼失やハイジャック事件に遭遇するなど不幸が重なる。孤独と闘いながら舞台や歌に情熱を注いだが、45歳で急逝。多くのファンが早過ぎる死を悼んだ。
大スターでありながら、一人の女性として過酷な時代を生き抜き、世の中を照らし続けた4人の歌姫たち。きらびやかな輝きの陰には、どんな人生ドラマがあったのか。名曲の裏に隠された秘話をひもときながら、昭和を駆け抜けた歌姫たちの素顔に迫る。

