毎日の食事で、柔らかいものばかりを選んでいませんか?
食べやすさを優先するあまり、噛む力(咀嚼力)が徐々に衰えている方は少なくありません。実は、噛む行為は単に食べものを細かくするだけでなく、三叉神経を通じて脳にさまざまな刺激を送る働きがあります。咀嚼によって脳血流が増加し、記憶や学習に関わる海馬への血流改善との関連も研究されています。また、咀嚼は記憶に関わるアセチルコリンや、集中力に関わるヒスタミンといった神経伝達物質にも影響を与える可能性が指摘されています。柔らかい食事が続くと、こうした脳への刺激が減少するかもしれません。

監修医師:
田頭 秀悟(たがしゅうオンラインクリニック)
鳥取大学医学部卒業。「たがしゅうオンラインクリニック」院長 。脳神経内科(認知症、パーキンソン病、ALSなどの神経難病)領域を専門としている。また、問診によって東洋医学的な病態を推察し、患者の状態に合わせた漢方薬をオンライン診療で選択する治療法も得意としている。日本神経学会神経内科専門医、日本東洋医学会専門医。
柔らかい食事ばかりと認知症リスク:噛むことと脳の関係
柔らかい食事が習慣になると、なぜ脳への影響が生じるのでしょうか。一見すると食事の硬さと脳は無関係のように思えますが、両者には密接なつながりがあります。近年では、咀嚼機能の低下と認知機能低下との関連を示唆する研究も報告されており、噛むという行為そのものが脳の健康維持に関わる可能性が注目されています。ここでは、咀嚼と脳機能の関係から、認知症リスクとの関連性を整理します。
咀嚼が脳を活性化させるメカニズム
食事をよく噛む行為(咀嚼)は、単に食べものを細かくする作業ではありません。噛む動作には、三叉神経(さんさしんけい)を通じて脳へ刺激を送る働きがあります。三叉神経は顔面の感覚や咀嚼運動に関わる重要な神経であり、咀嚼を繰り返すことで脳のさまざまな領域が活性化されると考えられています。
実際に、咀嚼によって脳血流が増加することが報告されており、とくに記憶や学習を担う海馬(かいば)への血流改善との関連が研究されています。海馬は新しい記憶を形成する重要な部位であり、アルツハイマー型認知症では早期から萎縮がみられることが知られています。そのため、咀嚼による刺激が海馬機能の維持に寄与する可能性があると考えられています。
また、咀嚼は脳内の神経伝達物質にも影響を与えるとされています。動物実験などの研究では、咀嚼が記憶に関わるアセチルコリンや、集中力に関わるヒスタミンなどの神経伝達物質の働きを活発にする可能性が報告されており、将来的にヒトへの応用や認知機能の維持への寄与が期待されています。認知症の代表的な症状改善薬の多くがアセチルコリンの働きを補助する仕組みを利用していることからも、その重要性がうかがえます。
さらに、噛むことで顎の筋肉が活動すると、覚醒や集中力に関与するヒスタミンの分泌も促されると考えられています。ヒスタミンは眠気を抑え、脳を活動的な状態に保つ働きがあるため、咀嚼刺激が少ない状態では集中力や注意力の低下につながる可能性があります。
加えて、咀嚼にはストレス軽減との関連も指摘されています。動物実験では、咀嚼によってストレスホルモンの分泌が抑えられる可能性が報告されており、精神的な健康維持にも一定の役割を果たしていると考えられています。
このように、噛む行為は消化だけでなく、脳血流・神経伝達物質・覚醒機能など多方面に影響を及ぼす生理的な活動です。柔らかい食事ばかりが続くことで咀嚼刺激が減少すると、こうした脳への刺激も少なくなる可能性があります。
咀嚼回数の減少が認知機能に与える影響
現代の食生活では、加工技術の発達や調理済み食品の普及によって、以前よりも柔らかい食事を選択しやすい環境が整っています。その結果、1回の食事で必要とされる咀嚼回数は昔と比べて大きく減少しているといわれています。
咀嚼回数と認知機能の関係については、国内外でさまざまな研究が行われています。なかでも、歯の本数が少ない方や咬合力(こうごうりょく)が低下している方では、認知機能低下や認知症発症との関連が示唆されている研究があります。
もちろん、歯を失ったことだけが認知症の原因になるわけではありません。加齢や基礎疾患、生活習慣など多くの要因が関与します。しかし、歯の喪失によって十分に噛めなくなることが、脳への刺激不足や栄養摂取の偏りにつながる可能性は考えられています。
また、咀嚼回数が少ないことは食事時間の短縮にもつながります。早食いになると満腹感を得る前に食べ過ぎてしまいやすく、肥満や血糖値スパイクのリスクが高まります。血糖値の急激な変動や生活習慣病は脳血管にも影響を与えるため、血管性認知症のリスク因子になり得ます。
さらに、柔らかい食品中心の食生活では、野菜や海藻、豆類など噛み応えのある食品が不足しやすくなります。その結果、食物繊維やビタミン、ミネラルなどの摂取量が偏り、脳の健康維持に必要な栄養素が不足する可能性もあります。
このように、咀嚼回数の減少は単純に「噛まなくなる」という問題だけではなく、脳への刺激不足、血糖値管理の乱れ、栄養バランスの偏りなど複数の経路を通じて認知機能に影響する可能性があります。食事の硬さや噛む回数を意識することは、将来の脳の健康を考えるうえでも大切な視点といえるでしょう。
まとめ
柔らかい食事ばかりという習慣は、噛む力の低下や口腔機能の衰えを通じて、認知症リスクとも関わりを持つことが明らかになってきています。咀嚼は脳への刺激、栄養の多様性の確保、口腔環境の維持など、さまざまな経路で健康に貢献します。日常の食事に意識的に噛み応えのある食品を取り入れ、口腔ケアと適度な運動・社会的なつながりを合わせて維持することが、脳と身体の健康を長く保つうえで大切な一歩となるでしょう。
参考文献
日本歯科医師会「8020運動」とは?
公益社団法人 日本歯科医師会 「歯科診療所におけるオーラルフレイル対応マニュアル 2019年版」
厚生労働省 e-ヘルスネット「口腔機能の健康への影響」
日本臨床歯周病学会 「歯周病が全身に及ぼす影響」
- 「記憶力」と「睡眠の質」を改善する“食べ物”がある? 認知症予防のポイントも医師が解説
──────────── - 「脳波検査で分かる5つの病気」とは?CT・MRIとの違いや注意点も医師が解説!
──────────── - 嚥下障害があるときの食事のポイントや栄養管理の考え方を詳しく解説!
────────────

