乳がんと診断されたとき、病名だけでなく「どのような性質の乳がんか」を知ることが、治療の方向性を理解するうえで大切です。なかでもトリプルネガティブ乳がんは、治療の選択肢が限られるとして知られてきましたが、近年は新しい治療法の登場により状況が変わりつつあります。このセクションでは、その基本的な特徴と乳がん全体での位置づけについて解説します。

監修医師:
和田 真弘(医師)
199年3月新潟大学医学部医学科卒業
1999年4月慶應義塾大学医学部外科学教室入局・研修医
2000年5月佐野厚生総合病院外科出向
2001年5月芳賀赤十字病院外科出向
2002年5月慶應義塾大学医学部一般・消化器外科帰室・レジデント
2004年5月慶應義塾大学医学部一般・消化器外科・チーフレジデント
2005年5月川崎市立川崎病院外科副医長
2008年4月佐野厚生総合病院外科・乳腺外科部長
2013年4月現職(宇都宮セントラルクリニック乳腺外科)
【所属学会・資格】
日本外科学会 指導医
日本乳癌学会 乳腺専門医
日本乳癌学会 指導医
日本乳房オンコプラステックサージャリー学会 責任医師
日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
日本乳がん検診精度管理中央機構 検診マンモグラフィ読影認定医
日本外科学会 外科専門医
慶應義塾大学大学院医学研究科博士(医学)学位取得
日本乳がん検診精度管理中央機構 乳がん検診超音波実施・判定医師
トリプルネガティブ乳がんとは何か:女性が知っておくべき基礎知識
トリプルネガティブ乳がんは、乳がんのサブタイプの一つです。乳がんと診断された場合、単に「乳がん」という病名だけでなく、どのような性質(バイオマーカーといいいます)を持つ乳がんなのかを4つに分類することが、適切な治療方針を理解するうえで重要になります。
特にトリプルネガティブ乳がんは、悪性度が高く、予後不良といわれており、、「治療が難しい乳がん」として紹介されることもあります。しかし近年では治療法の進歩が続いており、以前と比べて選択肢も広がっています。まずはこの疾患について正しく理解し、必要以上に不安を抱えずに向き合うことが大切です。
「トリプルネガティブ」とはどういう意味か
乳がんの細胞には、増殖や生存に関わるさまざまなタンパク質が存在しています。そのなかでも治療方針を決めるうえで特に重要なのが、「エストロゲン受容体(ER)」「プロゲステロン受容体(PgR)」「HER2(ハーツーと呼びます)タンパク」の3つバイオマーカー(生物学的特徴)です。
エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体は、ホルモン受容体といいます。女性ホルモンの刺激を受けて細胞が増殖する際に関与するタンパク質です。一方、HER2は細胞の増殖シグナルを活性化させるタンパク質として知られています。多くの乳がんでは、これらのいずれかが陽性となっており、その特徴に応じてホルモン療法や抗HER2療法などの分子標的治療を行うことができます。
しかし、トリプルネガティブ乳がんでは、これら3つのバイオマーカーがすべて陰性です。つまり、女性ホルモンを抑える治療(内分泌療法あるいはホルモン療法といいます)やHER2を標的とした治療(抗HER2療法といいます)の効果が期待しにくく、治療の選択肢が限られるという特徴があります。そのため、従来は薬物療法の選択肢としては、化学療法(抗がん剤治療)が治療の中心となってきました。
「トリプルネガティブ」という名称は、「3つの重要な受容体がすべて陰性である」という病理学的な特徴をそのまま表したものです。乳がん全体の約10〜20%を占めるとされております。また、トリプルネガティブ乳がんは顕微鏡で観察した際(病理組織検査といいます)に、細胞の増殖能力を示す指標である「Ki-67」が高いことも少なくありません。これは細胞分裂が活発であり増殖能が高いことを意味しており、腫瘍が比較的速いスピードで大きくなる要因の一つと考えられています。
乳がん全体の中での位置づけとリスクの特徴
乳がんは一つの病気ではなく、その性質によって4つのサブタイプに分類されています。代表的なものとして、ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がん、ホルモン受容体陽性HER2陽性乳がん、ホルモン受容体陰性HER2陽性乳がん、そしてトリプルネガティブ乳がんなどがあります。
そのなかでトリプルネガティブ乳がんは、一般的に増殖速度が速く、診断時には比較的大きな腫瘍として発見されることもあります。また、ほかのサブタイプと比べて再発リスクが高い傾向があることも特徴です。特に診断後2〜5年程度の比較的早い時期に再発するケースが多いことが知られており、治療後も慎重な経過観察が重要になります。
一方で、再発しやすい時期を乗り越えた後は、長期間にわたって再発リスクが続くホルモン受容体陽性乳がんとは異なる経過を示すこともあります。そのため、治療後のフォローアップでは患者さんごとのリスク評価に基づいた管理が行われます。
また、トリプルネガティブ乳がんは遺伝性乳がんとの関連が比較的強いことでも知られています。特に「BRCA1遺伝子」の病的変異を持つ方では、このタイプの乳がんが発症しやすいことが報告されています。BRCA1は本来、細胞のDNA損傷を修復し、がん化を防ぐ働きを持つ重要な遺伝子です。この機能が低下すると、乳がんや卵巣がんの発症リスクが高まる可能性があります。
家族のなかに若年で乳がんや卵巣がんを発症した方が複数いる場合には、遺伝カウンセリングや遺伝学的検査(BRACAnalysis診断システムなど)が検討されることもあります。こうした遺伝的背景を把握することは、患者さん本人だけでなく家族の健康管理にも役立つ可能性があります。
さらに、トリプルネガティブ乳がんは比較的若い世代に発症しやすい傾向があります。40歳代以下で診断されるケースも少なくなく、子育てや仕事などライフイベントの最中に治療が必要となることもあります。そのため、治療そのものだけでなく、妊孕性(将来妊娠する力)への配慮や社会生活との両立支援など、多面的なサポートが求められます。
ただし、若い方だけが発症する病気ではありません。閉経後の女性や高齢者にも発症することがあり、年齢や見た目だけでリスクを判断することはできません。乳房のしこりや違和感、乳頭からの分泌物など気になる症状がある場合はもちろん、症状がなくても定期的に乳がん検診を受けることが重要です。
近年では、免疫チェックポイント阻害薬やPARP阻害薬など、新しい治療法の導入によってトリプルネガティブ乳がんの治療成績は徐々に向上しています。そのため、「トリプルネガティブだから治療ができない」というわけではありません。重要なのは、病気の特徴を正しく理解し、乳腺外科医や腫瘍内科医をはじめとした専門チームと連携しながら、自分に適した治療を選択していくことです。
まとめ
トリプルネガティブ乳がんは、ほかの乳がんと比べて治療が難しい面がある一方で、化学療法を中心とした標準治療のほかにも、免疫療法薬や PARP阻害薬など新しい選択肢が広がってきています。また、高額療養費制度やがん相談支援センターなど、経済的・社会的なサポートも活用することで、治療への不安を少しずつ和らげることができます。気になる症状がある場合や、診断を受けた後に疑問を感じたときは、乳腺外科や腫瘍内科の専門の医師へ早めに相談することをお勧めします。
参考文献
国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん」
厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
日本乳癌学会「乳癌診療ガイドライン」
国立がん研究センター「がん相談支援センターを探す」
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