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限界の年子育児…義母に助けを求めたら「私もひとりで育てた」→後日、義父の告白で義母の本心が判明!

限界の年子育児…義母に助けを求めたら「私もひとりで育てた」→後日、義父の告白で義母の本心が判明!

長男と次男を年子で産み、育児に追われる毎日。実母には持病があり、なかなか手助けを頼めませんでした。ワンオペでいっぱいいっぱいになってしまった私は、義母に助けを求めましたが、義母には大変さをわかってはもらえませんでした。しかし、義父の言葉で義母の本心がわかって――!?

私だって大変だった

夫を含め、3人の息子を育てた義母。母親としてのしんどさをわかってくれるだろうと思っていましたが、義母の反応は予想とはまったく異なるものでした。


「私もひとりで大変だった」

「みんなが通る道よ」

「できるかじゃない。やるのよ」


そう言い放たれた私は、それ以上助けを求めることはできませんでした。それ以来、義母に手助けを頼むことをあきらめた私。自然と子どもたちの様子を伝えることも減ってしまったのです。


そして、三男を出産後――。


義両親が三男を見るために、わが家へやってきました。義父が三男を抱っこしながら「こんなにかわいい孫を3人も産んでくれてありがとう!」と私にお礼を言ったのです。


続けて、「私は仕事ばかりで、妻にはとても苦労させてしまった」「甘え方も忘れさせて、孤独にしてしまった」「でも妻は、孫はもちろん、家族みんなを大切に思っている。どうか覚えておいてください」と言った義父。


義母は「そんなこと言わなくていいのに……」と言っていましたが、そのときようやく私は理解できたのです。義母はひたすら義父を信じて、頑張り続けてきた人なんだと。助けを求めたときに返された「できるかじゃない。やるのよ」という言葉も、私を励ますためのものだったのだと、納得できました。


それからは、義母への連絡頻度を増やし、息子たちの様子を伝えるようにしました。次第に、義母も子育てのアドバイスをくれたり、息子たちを預かってくれたりするようになりました。


息子たちは大きくなりましたが、すっかりおばあちゃん子です。あのときの義父の言葉がなければ、こんなに良い関係は築けなかったと思っています。


著者:雨野風子/女性・主婦。21歳、20歳、14歳の三きょうだいの母。趣味はコラージュ。

イラスト:ふくふく


※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています

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