「準備はする、でもまっさらに演じる」【長澤まさみ】主演映画『おーい、応為』で天才絵師を体現

「準備はする、でもまっさらに演じる」【長澤まさみ】主演映画『おーい、応為』で天才絵師を体現

10月17日公開の新作映画『おーい、応為』で長澤まさみさんが演じるのは、江戸時代を代表する絵師である葛飾北斎の娘・応為(おうい)。本作では映画『MOTHER マザー』以来となる大森立嗣監督と長澤まさみが再会し、二人の再びの挑戦が、深い信頼と共に新たな物語に息を吹き込みます。今回は、そんな長澤まさみさんにインタビューを敢行!「初めて芝居をしたときのような、まっさらな気持ちで演じた役」という、作品のみどころを教えていただきました。


 


 


interview & text:HAZUKI NAGAMINE

©️2025「おーい、応為」製作委員会

おーい、応為


10月17日(金)全国ロードショー


配給: 東京テアトル、ヨアケ


監督・脚本:大森立嗣

キャスト:長澤まさみ 髙橋海人 大谷亮平 篠井英介 奥野瑛太 寺島しのぶ 永瀬正敏

原作:飯島虚心 『葛飾北斎伝』(岩波文庫刊)

杉浦日向子 『百日紅』(筑摩書房刊)より「木瓜」「野分」

初めて芝居をしたときのような、まっさらな気持ちで演じた役

俳優人生の中で、いくつもの記憶に残る役を生きてきた。今作で出合ったのは、実在したものの史料が少ない女性浮世絵師の物語。


 


「大森監督から、『この脚本、どうかな?』と渡されたのが最初でした。監督がコロナの最中に書き進めていた物語で、長い時間をかけて温められてきた脚本だったと知ったとき、その熱を受け取ったような気がしました。本を開くと、そこには葛飾北斎の娘・応為の物語がありました。


 


応為という人間が実在していたことを知って、衝撃のようなものも受けましたし、何より親子の物語であることにグッとくるものが。実在の人物でありながら、史料にはいつどこで亡くなったかも残っていない。にもかかわらず、応為とはこんな人だったらしいと微笑ましいエピソードがポロポロと残っているのもすごく面白くて。背が高く、からだも大きかったらしいという話など、小さな断片を拾い集めながら、少しずつ“応為像”を組み立てていきました。


 


父の北斎が『おーい、おーい』と呼んでいたから画号が応為になったというエピソードは、名付け親である北斎の応為への接し方から二人の関係性が見えてきますし、応為の人となりを想像する手立てにもなりました」

©️2025「おーい、応為」製作委員会

撮影の日々を振り返ったときに、長澤さんは「憧れを抱きながら演じた」とコメントを残している。




「子どもの頃から絵を描くのが好きでした。絵描きになるのは小さい頃の夢のひとつで、才能があって絵が上手い人、つまり自分の“技”を持っている人への憧れがずっとあるので、演じられることの嬉しさを日々感じていました。


 


応為を演じると決まったとき、嬉しさと同時に『ちゃんと描けるようになりたい』という欲も生まれました。撮影前、日本画や浮世絵を研究されている先生方に指導を受けたんです。実際に生業にされている方が撮影中もそばにいてくださったので、撮影の空き時間やちょっとの休憩があれば、先生たちのお部屋にお邪魔してレッスンをしていただく贅沢な現場。


 


この作品で、応為のために選ばれたのは、長めの鋒(ほう)を持つちょっと独特な中国筆。鋒が長いと扱いは難しいのですが、応為をイメージしたときにこの筆がいいんじゃないかと決まったそうで、ならば私もこの筆でやります! と決めました。いざやってみると細い線を描くのがとても難しくて、筆先から生まれる線は思うようにいかないことがほとんど。


 


でも、その『いつになったら描けるようになるのだろう』という手応えのない感覚、『いつか描けるようになりたい』という小さな希望こそ、北斎や応為の生き方、作品の世界観にも北斎との関係性にもどこか通じているように思えました。


 


私は本当に少しでしたけど、北斎を演じた永瀬正敏さんも実際に浮世絵を描くシーンがあって、描くことが北斎と応為にとっては日常生活の一部であるような説得力を映像の中に収めたいし、お芝居の中で演じたいという強い思いがあって、絵の練習も頑張れましたし、応為の情熱みたいなものと共鳴して、いい作用をもたらしていたかなと思います」

©️2025「おーい、応為」製作委員会

応為は「美人画では父を凌ぐ」と言われた才を持ち、当時は数少なかった女性絵師。作中では稀有で才能ある人物としてではなく、長屋で暮らす庶民として、ただひたすら浮世絵に向かう姿が淡々と紡がれていた。江戸時代に存在していたであろう、とあるひとりの人間として。


 


「こうして芝居をやっている中で、年々自分の中でも気づき始めたことは、役を演じること=“自分とは違う誰かになる”だけではないのかもと。今回の作品でいえば、私が演じるからこそ、それは間違いなく私の応為になるわけで、その意識がいいかたちで芝居にも投影できたらと思うようになりました。


 


演じるというより、“その人の中にも自分がいる”。これはいろんな作品を経験させてもらってきた中で段々と知ってきた感覚です。当たり前ですけど、役は自分とは違う人間なので、役を深めるために理解する時間は不可欠ですが、演じる直前にはその全てを手放して演じることが大切だなと。演じようとしちゃいけない。用意したものや自分のイメージを超えて、その瞬間に生まれるエモーショナルなものに忠実であろうと。


 


そして、永瀬さん演じる北斎とのシーンが多かったので、永瀬さんが現場で率先していい空気感を作り出してくださったことにも救われました。本当に北斎になろう、北斎に近づこうとする心や立ち姿からも、その場の居住まいからも、自然と“北斎”を感じさせてくれる。だから私も安心して距離を縮められたし、親子でもあり師弟でもある関係性が、言葉にせずともかたちになっていきました。なんだか、そのほうが粋であり、興が冷めないこともあります。


 


黙々と絵に向かう時間を共有したことで、二人のあの付かず離れずの親子関係が生まれたのだと思います。大森監督からも『芝居はしないで、長澤さんのままでいいです』と言われたんです。すごく久しぶりにそんなことを言われて、なんだか初めてお芝居をしたとき、初めて映画に出たときのような、まっさらな気持ちになりました。準備はする。でも現場に立ったら全部手放す。そこで生まれたフレッシュな感性を頼りにしていけたら」

©️2025「おーい、応為」製作委員会

応為の、自由にやりたいことをやって生きる姿はとても魅力的

江戸時代において芸術は男性の世界。応為の存在が異質であったことは想像に難くない。その異質さについて長澤さんはこう続ける。




「応為の作品はわずか7、8点しか残っていません。でも、北斎の娘だったからそれだけ残せたともいえる。


 


当時、応為以外にも女性画家がもしかしたらいたかもしれないけれど、現代に名前も作品も残されていない方からすれば、応為は恵まれている人なのかな? とも思えました。応為が描く作品の色彩の鮮やかさや女性ならではの視点も、男性の世界だったからこそ際立つ存在感があったはず。


 


撮影中は、応為の作品の模写を使っていたのですが、その後実物を見る機会に恵まれて、一目見た瞬間に北斎の作品との違いは明らかでした。男性が描く女性は色気やたおやかさが前に出てくるけれど、応為が描く女性には凜とした佇まいがあって、同性にしか描けない美しさが今も心に焼き付いています。


 


美術品をはじめ芸術は、見た後に記憶や心の中に残って、『あぁ、よかったな』と何度も感動できるものが素晴らしいものだと思うんです。映画にしても、観た後に記憶に残るものが大切だと思うし、改めてそういうもの作りをしたい。誰かひとりでも『良かった』と心に残してくれるなら、きっとそれが私にとってのやりがいなのだろうなと、改めて気付かされる出来事になりました」

©️2025「おーい、応為」製作委員会

長澤さんも表現を生業にする人。描かずにはいられない宿命を背負った応為を演じてみて、心を寄せたのは“どれだけやっても納得できないまま”というもどかしさ。




「応為のように描かずにはいられない業は私には全然ないし、芝居をしなくても死なないし、むしろ元気になれそう(笑)。芝居は難しいですし、やってもやっても納得できるものでもない。納得できないからもう少しやってみようかな? という気持ちは、応為や北斎が追い求めていた感覚とは少し重なるかもしれません。


 


私はまだ、好きで芝居をしているのか、仕事だからやっているのか分からない。でも、少なからず楽しさや面白さが上回るから続けているんだろうと思います。きっと応為は自分の存在、生き方を人と比べて特別だなんて思ってなかったと思うんです。私自身も、自分の人生が特別かどうかは、他人ではなくて自分が決めるものという考え方。


 


自分がどういう人間になりたいのかを考えながら、物事に向き合っているし、付加価値は人の評価じゃなくて、自分で生み出すものと考えているから。でも、なりたい自分に近づく方法として、例えば『これは私にしかできないことだから』と、ときには自分を特別視して、納得させたり、鼓舞することも大事ですよね。


 


映画の中で応為がどんな思いで描き続けたのか、正確なことは分かりませんし、その心は応為のもの。でも、自由に、やりたいことをやって生きる姿はとても魅力的で、演じていて心地よささえ感じました。絵にひたすら向かっている姿や、90回以上も引っ越したというエピソードも、現代の私たちには真似できない軽やかさ。執着しない、流れに任せて生きる。それは江戸時代の彼女だからこそできたことかもしれませんが、私もどこかそんなふうに生きられたらなと憧れます」

ジャケット¥319,000、スカート¥170,500、ミュール¥159,500、アンギラのバッグ[ハグ]¥583,000(全てFerragamo/フェラガモ ジャパン)

Profile_ながさわ・まさみ/1987年生まれ、静岡県出身。2000年に映画『クロスファイア』で俳優デビュー。

映画『MOTHER マザー』で第44回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞を受賞。近年の出演作に、映画『スオミの話をしよう』『ドールハウス』、

NODA・MAP『正三角関係』、Bunkamura Production 2025「おどる夫婦」など。主演を務める映画『おーい、応為』が10月17日(金)より全国公開。

text:HAZUKI NAGAMINE
photograph:LOCAL ARTIST styling:KEITA IZUKA hair:TOMIHIRO KONO
make-up:NOBUKO MAEKAWA[Perle management] model:MASAMI NAGASAWA
cooperation:mesm Tokyo, Autograph Collection

©️2025「おーい、応為」製作委員会

otona MUSE 2025年11月号より

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オトナミューズウェブ

「37歳、輝く季節が始まる!」がキャッチコピー。宝島社が発行する毎月28日発売のファッション誌『otona MUSE』がお届けする、大人のためのファッション・ビューティ・ライフスタイル情報!