1000年前に房総沖で巨大地震が起きていた!津波の痕跡から被害想定へ

1000年前に房総沖で巨大地震が起きていた!津波の痕跡から被害想定へ

千葉県の房総半島に1000年前、大津波が襲来していたーー。津波の痕跡を丹念に調べた研究で過去の巨大地震が再現され、2026年5月、県の被害想定に反映されました。こうした最新の地震研究の成果が地域防災に反映されるのは初めてだそうです。千葉県の地震被害想定検討専門委員会の委員で、産業技術総合研究所(産総研)の活断層・火山研究部門総括研究主幹の宍倉正展さんに聞きました。

知られざる大地震の発見

——備えが必要な大地震というと南海トラフ地震や首都直下地震を思い浮かべる人が多いと思いますが、房総半島沖でも大地震が起きる可能性があるのですか。

「房総半島では、江戸時代の1677年に延宝房総沖地震や1703年の元禄地震という大地震で各地に津波被害をもたらしたという記録が残っています。そして、近年の研究で1000年前にも津波を伴うマグニチュード(M)8クラスの大地震が起きていたことがわかりました」

——どのような研究なのでしょうか。

「基本的には地層を詳しく調べ、津波の痕跡を探し、何が起きたのかをシミュレーションで再現していく研究です。産総研ではこうした研究が続けられてきました。千葉県の地震については、研究所の澤井祐紀・海溝型地震履歴研究グループ長と行谷佑一・上級主任研究員たちが九十九里浜の匝瑳市(そうさし)、山武市(さんむし)、一宮町の3地域で142か所もの掘削を行い、1000年前のものとみられる津波の痕跡を見つけました」

——新たな地震を発見したのですか?それにしても大変そうな作業ですね…。

「まず、掘削地の候補を決めます。過去に津波が来たと思われる場所で、しかもその痕跡がきちんと残っているところ。例えば、近くに川があったら、津波で運ばれた堆積物が残ったとしても、洪水で流されてしまうかもしれないですよね。あと人間があまり手を加えていない土地である方が望ましいです。研究者が丹念に地形を読み解き、掘削候補地を決めていきます」

「掘る場所を絞り込んだら、次にそこの地主さんは誰かを調べます。その地主さんに研究者がアポイントをとって、説明させていただいて、掘ってもいいよっていう許諾を得てから掘削を始めます。しかもそれが何箇所もたくさんあるので…」

——アシスタントが大量にいるってことですか。

いやいや。基本的には産総研には、津波に関するグループのメンバーが6、 7人いますけど、研究者が手分けをして説明にお伺いします。地主さんからしたら『なんでうちで?』と思われるでしょう。やっぱり研究をわかっている人間でないと、なぜここで掘るのが重要なのかがうまく伝わりにくいっていうのもありますし。十分なご理解を得てから掘削をさせていただいています」

——多くの人の協力が必要な地道な作業という面もあるのですね。掘削の写真を拝見しました(写真下)。温泉を掘るようなものだと想像していましたが、意外と小さくて驚きました。

「過去数千年ぐらいの津波の痕跡であれば、穴は数m程度掘れば良いので、あまり大がかりな機械は必要ありません。コンパクトな機械を使い、ほぼほぼ人力で、できるだけ多くの地点で掘削できるようにしています」

「抜き取った地層はそのまま崩さないように、慎重に研究所まで持って帰ります。そこで津波特有の砂の層を探していきます。海水の成分の分析やプランクトンの化石がないかどうかを細かく探したりもします」

上:千葉県内で行った調査風景。下:地層抜き取り装置を使って採取した連続柱状堆積物(産業技術総合研究所提供)

——そして、ご苦労して集めた地層の中から1000年前の津波の痕跡を発見したのですね。

「文献に残っている江戸時代の津波の痕跡の他に、約1000年前のものと思われる津波による堆積物の層がみつかりました」

——すごいですね!

「見つかったら、今度は津波の規模を知るために、どこまで到達したのかを特定する作業が必要です。当時の海岸に近いところでは、厚さ10~20cmもの津波の堆積物があったのですが、内陸に入るにつれ薄くなり、1~2mmにまでなっていきます」

——そんなわずかなものまで探すんですか?

「目視では難しいですよね。医療用のCTスキャンなども活用して探していきます」

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房総沖は世界的にも希有な場所

——ここまでのお話でも膨大で綿密な調査が必要だと感じました。研究はまだ続くのですね。

「142か所もの掘削調査で、1000年前にどこまで津波が広がったかを突き止めた後、その津波を引き起こした原因となる地震の震源や規模を特定していきます。ここからはコンピューター・シミュレーションの出番です。海底で起きる大地震は多くの場合、プレートの境界で起こります。北海道から関東にかけての太平洋側では、日本列島を載せた陸のプレートの下に太平洋プレートが潜り込んでいて、2011年に東日本大震災を起こした東北の地震はこのプレート境界で起きました」

「一方、静岡から九州にかけては、南側にフィリピン海プレートというプレートがやはり日本列島を載せた陸のプレートの下に潜り込んでいます。このプレート境界で起きるのが南海トラフ地震です。房総半島沖の地下では、陸のプレートの下にフィリピン海プレートが潜り込み、さらにその下に太平洋プレートが潜り込むという3層構造になっています」

日本列島の周囲のプレートの模式図(気象庁ホームページより)

「それで、その3層のうちどこで地震が起きれば、調査した1000年前の津波が再現できるかについて、コンピューターでシミュレーションをしたんです。とてつもなく大きな地震を起こせば、1000年前の津波は簡単に起こせますが、現実的に起こりうる地震のモデルとして、フィリピン海プレートと太平洋プレートの境界の地震を仮定すると最低でもM8.5の地震でこの津波が再現できることがわかりました。関東大震災を起こした地震がM7.9ですからM8.5というのはかなり大きな地震になりますが、過去にも例はあります。それで、この領域で大地震が起こりえることもまとめ、2021年に論文として発表されました。フィリピン海プレートと太平洋プレートの境界というのはこれまであまり注目されてこなかったので、注意喚起する意味合いもありました」

——地層を調べ、プランクトンを分析し、CTスキャン、コンピューターシミュレーションまで。いろいろな専門分野が融合した研究なんですね。

「産総研のなかにも専門分野の違う研究者たちがいますが、目標は一つ。『過去にどんな地震があったかを明らかにしていくこと』です。そこに向かって、一つのチームとして、みんながそれぞれの得意分野で貢献しています」

千葉県の被害想定

——千葉県が新たに発表した房総半島東方沖地震の被害想定は、この研究の成果をもとにしたのでしょうか。

「はい。もともとこの地域は、東日本大震災を起こした地震の”割れ残り”があるとして地震が起きる可能性が指摘されていました。東日本大震災では、岩手県沖から茨城県沖までの日本海溝(太平洋プレートの境界)の部分が一気に破壊されて地震が起きたのですが、房総沖の部分が残ってひずみがたまったままだということで被害想定が算出されていました」

「けれども、先ほどお話したように、房総沖の地下の構造は複雑ですので、新しい研究成果を採用したのです。都道府県が策定する被害想定は、通常は国が出した大まかな想定をもとに計算をやり直すことが多いです。歴史記録にない大昔の津波の痕跡から、過去に事実としてここまで津波が来たという研究成果を、県が独自に具体的な被害想定につなげたのは初めてです」

——どのように変わったのでしょうか。

「地震の規模を示すマグニチュードがM8.2からM8.5に替わり、震源の位置も変わりました。これまでは津波の想定だけだったのですが、今回は地震の揺れの大きさも算定しました。最大で震度7など、かなり強い揺れにみまわれる地域も出る可能性が示されました」

千葉県が発表した「房総半島東方沖地震」の被害想定。津波の予測は最大でいすみ市で12.8m、銚子市で12.5m、勝浦市で10.6mなどとなっている

——この予測に基づいた被害想定も公表されました。最も被害が大きいと考えられる冬の夕方に地震が発生した場合、死者約4万2100人、全壊・焼失する建物は11万3600棟、震災発生後2週間後の時点で避難所に約33.3万人、避難所外に約46.2万人もの人が避難し、経済損失は直接的被害だけで約14.6兆円に上ると見込まれるとのことですね。

 千葉県が公表した房総半島東方沖地震の被害予測結果

死者 約42,100人
建物被害(全壊・焼失) 約113,600棟
2週間後の避難者数(避難所) 約33.3万人
2週間後の避難者数(避難所外) 約46.2万人
直接経済被害額 約14.6兆円

被害想定が最大になる冬の夕方18時に起きた場合

「これはあくまで最悪のシナリオでの数字ですので、行政の対策はもちろん、皆さん一人ひとりの心がけ次第でこれらの数字を減らすことはできます。この結果をよりよい防災対策につなげていただければと願っています」

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津波の痕跡が伝えるもの

——地震の対策、予測をする上で、過去にどんな地震があったかを知ることは大切だと思いますが、古い文献だけでなく、津波の痕跡を探すことでこれまで知られていなかった地震が起きていたことがわかるのですね。

「そうですね。例えば古文書だと、どこどこのお寺の境内まで津波が来た、と書いてあれば、そのお寺は当時どこにあったのかを確認し、ピンポイントでそこに津波が来たことはわかります。けれども、その周辺の地域はどうだったのか詳しい情報は得られません。地層の痕跡だったら、もっと大きな広がりを検出することができることになります」

「さらに、地震の周期の長さを考えると、人間が残した文書だけだと、全体像をつかむための情報が到底足りない。記録に残っていない時代の地震を調べる方法の一つとしても津波によって残された堆積物の調査は重要だと思います」

——ずいぶんといろいろなことがわかる研究なんですね。

「もちろん、まだ課題もあります。2011年の東日本大震災が起きた時、津波の痕跡がどういう地層として残り得るのか調査しました。その結果、地層としては残らなくても、海水の浸水自体は結構内陸まで到達している事実を我々は目の当たりにしたんですね。地層で見えないのに、実は津波って内陸まで到達するぞ。どうやったら見た目でわからない限界を明確にすべきかっていう課題を突きつけられたんですね。で、その解決策として先ほどお話ししたCTスキャンや海の成分の化学分析、プランクトンの分析などですが、過去の津波の到達範囲を明確に推定するのは、まだ難しい部分が残っています」

「過去の地震の震源も、やっぱり簡単にはわからないわけですよ。今起きている地震であれば、地震計のデータですぐにわかるんですけども、観測記録がない時代は、特定された津波を説明するためには、どこにどれぐらいの規模の震源を設定すればいいのか。まさに試行錯誤をするわけです。そのなかで最も結果が合致する震源を考えて絞り込んでいく。そうやって考えついたものが、今回の房総沖の震源になります」

東日本大震災前の調査も

——産総研では、東日本大震災の前に東北の巨大地震について津波堆積物の調査をしていたと聞きました。

「東日本大震災を起こした地震はM9という超巨大地震だったのですが、あの地域では観測記録がある150年くらいさかのぼってみると、M7.5くらいの地震が繰り返し数十年おきにおきている。最大でもM8なので、まずそれを警戒しようということになっていました」

「歴史上の記録では、約400年前の1611年に慶長三陸地震というものがあるが、これもよくわかっていない。その前にも平安時代前期の869年に貞観地震という、やはり歴史記録の乏しい地震がありました。地層を頼りにこの地域の過去の地震を明らかにしようと、2004年ごろから研究を始めていました」

「調査の結果、貞観地震の津波はかなり内陸部まで到達していることがわかりました。その論文がまとまったのが2009年。この結果を踏まえて、国の地震調査研究推進本部でも次の長期評価として、宮城沖で起きる地震は非常に大きな津波を引き起こす可能性があると話し合って、まさに公表しようとしていた矢先に、東日本大震災が起きてしまいました」

「津波堆積物の調査研究結果が、過去の津波の規模をより正確に想定することができる。それを実際に国の防災対策に反映して生かされると期待していただけに、私を含め、研究に関わった者には非常に忸怩たる思いがありました。あともうちょっとだったのにという思いがすごくあるんですよね」

「房総沖の地震の調査にしても、東日本大震災の後から始めて、発表までに10年近くかかりました。それを今回、千葉県が研究成果をすくい取ってくれて、防災対策に生かしてくれたということは改めて、非常に画期的なことだと思っています」

——長期に及ぶ研究には、防災に役立てようという熱いドラマがあるのですね。貴重なお話、本当にありがとうございました。

宍倉正展さん

<防災ニッポン編集部 館林牧子>

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配信元: 防災ニッポン