「どういうつもり?私が母親として失格だって、そう言いたかったの?」
待合室の片隅で、彼女は声を押し殺しながらも、強い口調で詰め寄ってきました。
「違うよ……。ユウコが悪いって言いたいんじゃない。ただ、助けが必要なんだって、思っただけ」
「他人が勝手に判断しないでよ!私の苦しさ、全部見てたわけじゃないでしょ!子育ての現実なんて、マキにはわかんないよ!」
ユウコの目には、怒りと悲しみが入り混じっていました。そして、何より――深い孤独がにじんでいました。私は、深く息を吸い、彼女の目を見て言いました。
「昔のユウコは、もっと人に優しかった。人の気持ちに寄り添ってくれる子だった。私はそんなあなたの友達で、今でもずっと味方でいたいと思ってる」
ユウコは無言のまま、視線を逸らしました。
「児童相談所って、何かを奪う場所じゃないよ。私も話を聞いてもらったけど、ただ“助けたい”って思ってる人たちだった。ユウコがもっと楽になれるように、一緒に加藤さんと話してみない?」
しばらくの沈黙のあと、ユウコは小さく首を横に振りました。
「……無理だよ。そんなの、怖いだけ。何か変わるとも思えないし」
「じゃあ、私も一緒に行く。一人じゃない。ずっと隣にいるから」
彼女の頬を一筋の涙が伝いました。それが、どんな感情からのものだったのか、私には正確にはわかりません。でも、ようやく彼女の心に、少しだけ隙間ができたような気がしました。
友人へ伝えた真剣な想い
マキがユウコの家にお邪魔したとき、衝撃的な光景を目撃してしまいます。散らかり放題の部屋、癇癪(かんしゃく)を起こすユウコの息子・ユウタくんの姿、そしてユウタくんを何度も叩くユウコ…。見て見ぬふりはできないと思い、児童相談所へ電話をかけます。
すると、電話で対応してくれた職員・加藤さんが、マキが迷いながらも声をあげてくれたことに寄り添い、話を聞いてくれたのです。そして、マキも真剣な想いをユウコに伝えます。
ようやく心を開いてくれたユウコ。マキに付き添われ、児童相談所の加藤さんと面談することに。支援が必要だと判断され、ユウコはユウタくんとともに、新しい一歩を踏み出します。
わが子を虐待した友人の心の内
児童相談所での面談のあと、ユウコからぽつりぽつりと話を聞くようになりました。あの日を境に、彼女の口は少しずつ開いていったのです。
「たぶんね、私、ずっと張り詰めてたんだと思う」
そう言ってユウコは、自分の両腕を抱きしめるようにして座っていました。目の下のクマはまだ残っていましたが、表情はどこか穏やかでした。
「ユウタが生まれた時は、すごく嬉しかったの。だけど、すぐに“なんか違う”って直感があって。泣き方とか、寝ないとか、目が合わないとか……。でも誰も信じてくれなかった」
彼女は、ひとつ息を吐いて続けます。
「“神経質すぎる”って言われてさ。夫にも、“母親ならちゃんと育てろ”って……。自分の感覚すら信じちゃいけない気がしてた」
私はその場で何も言えませんでした。ユウコは決して、もともと乱暴な性格ではなかった。むしろ人の気持ちに敏感で、友達思いの子だった……だけど、そんな彼女を追い詰めたのは、きっと「無理解」と「孤独」だったのです。
子育てでツラいとき、最大のパートナーである夫に理解も協力もしてもらえなかったら…。とてもしんどいですよね。虐待をしてしまった過去を変えることはできませんが、児童相談所との面談がきっかけで、ようやく自分とわが子に向き合えるようになりました。
その後、ユウタくんは自閉症スペクトラム障害の傾向があると診断され、療育を受け始めます。夫にユウタくんのことを伝えると、無関心だったそう。そこで、ユウコは離婚を決意。実家に戻り、実母と姉の協力を得ながら、ユウタくんと向き合っています。

