「リノール酸を摂ると炎症が起きやすくなる」という考え方は、代謝経路の一部だけを見ると生まれやすい見方です。
しかし、その経路が実際のヒトの身体でどう機能するかは別の話かもしれません。ここでは、アラキドン酸を介した炎症性物質の生成という仕組みと、それが実際の炎症マーカーの上昇につながるかどうかについて、ヒトを対象とした研究の観点から考察します。

監修医師:
後平 泰信(医療法人徳洲会札幌もいわ徳洲会病院)
2009年に旭川医科大学医学部を卒業。循環器内科のスペシャリストとして、長年、札幌東徳洲会病院を中心に救急医療や心疾患の治療に従事。2023年には睡眠・無呼吸・遠隔医療センター長を歴任し、最新技術を用いた診療体制の構築に尽力。2024年より病院長に就任し、2025年10月の「札幌もいわ徳洲会病院」への名称変更。日本循環器学会 認定循環器専門医。日本睡眠学会 総合専門医・指導医。日本スポーツ協会公認 スポーツドクター。日本内科学会 認定内科医。
リノール酸と慢性炎症——ヒトの研究が示すこと
リノール酸が炎症を引き起こすという考え方については、細胞レベルや動物実験の段階では一定の根拠が示されてきました。しかし、ヒトを対象とした臨床研究では、その結論はやや異なる様相を呈しています。このセクションでは、現在のエビデンス(科学的根拠)の状況を整理します。
ヒトの介入試験で炎症マーカーは上昇するか
慢性炎症の指標としてよく用いられる血液検査項目のひとつに「CRP(C反応性タンパク)」があります。身体のどこかで炎症が起きているときに上昇する物質で、心血管疾患や生活習慣病との関連が広く研究されています。
リノール酸の摂取量とCRPの関係については、ジョンソンとフリッチェ(Johnson & Fritsche, 2012年)による無作為化比較試験(RCT)のシステマティックレビューが参考になります。このレビューは、複数の高い信頼性を持つ臨床試験をまとめて分析したものですが、その結論は「リノール酸の摂取量を増やしても、CRPなどの炎症マーカーは上昇しない」というものでした。
動物実験や細胞実験では炎症促進作用が示されても、実際のヒトの身体ではその影響が表れないケースがあることは、栄養学・医学の研究ではしばしば見られる現象です。身体には複数の調節機構が備わっており、食事から摂取した成分がそのまま体内で炎症を引き起こすとは限らないのです。
大規模疫学研究が示す血中リノール酸と疾患リスクの関係
さらに注目すべき研究として、マークルンド(Marklund)らが2019年に発表した大規模な統合解析があります。この研究は30のコホート研究(集団を長期にわたって追跡する観察研究)から約69,000人分のデータを集め、血中のリノール酸濃度と心血管疾患のリスクとの関係を分析したものです。
結果として明らかになったのは、「血中リノール酸が高い方ほど、心血管疾患全体・心血管死・虚血性脳卒中のリスクが低い」という傾向でした。この研究は循環器領域の権威ある学術誌である「Circulation」に掲載されており、その質の高さからも信頼性が高い知見のひとつとして評価されています。
また、アメリカ心臓協会(AHA)は2009年の科学アドバイザリーにおいて、オメガ6系多価不飽和脂肪酸をエネルギー摂取量の5〜10%摂ることを推奨しており、リノール酸はむしろ冠動脈疾患(心臓の血管が詰まる病気)のリスクを下げるとする立場を明示しています。こうした国際的な学術機関のガイドラインも、「リノール酸=慢性炎症の原因」という単純化した見方を支持してはいません。
まとめ
毎日使うサラダ油と健康の関係は、情報だけを見ていると不安になりがちですが、現在の科学的根拠に基づけば「リノール酸=慢性炎症・老化の原因」とは一概には言えません。大切なのは特定の成分を過剰に恐れることではなく、油の種類・量・調理法・食事全体のバランスを総合的に見直すことです。健康上の不安や気になる症状がある方は、内科や脂質代謝内科などの医療機関にご相談いただき、専門家とともに食生活を見直す機会を持ってみてください。日々の小さな選択の積み重ねが、身体の調子を支える大きな力になります。
参考文献
厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)策定検討会報告書」
農林水産省「脂質による健康影響」
農林水産省「脂肪酸」
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