食物アレルギーがある息子ケイタくんを育てるマリさん。日頃からケイタくんがアレルゲンを口にしないように気を付けてはいるものの、義両親だけは何度説明しても分かってくれません。それどころか、ケイタくんのアレルギーをマリさんの家系のせいにしたり、保育園で他の子と同じ食事を食べられない姿を見て「可哀想」と言ったり。まるで母親に原因があるかのような言い方に限界を感じたマリさんは、夫のタツヤさんに相談して、しばらく義両親に会うのを控えてもらうことにしたのでした。しかし、義両親は分かっているのかいないのか、数週間後にマリさんたちを食事に誘います。ケイタくんのアレルギーのこともあり、できれば会いたくないマリさんでしたが、タツヤさんに押し切られて食事会に参加することに。当日、意外なことに義両親はこれまでの無礼を謝罪。やっと分かってくれたと安心したマリさんでしたが、事態は一変します。突然ケイタくんが苦しそうに咳をして「のどがへん」と訴え始めたのです。どうやら一瞬だけ目を離した隙に、義母がケイタくんに何かを食べさせたようでした。急いで救急車を呼んだこと、摂取量が少量だったことで大事には至りませんでしたが、マリさんは生きた心地がしませんでした。その後、タツヤさんが義母に確認すると、マリさんとタツヤさんが一瞬目を離した隙に、たまご料理を食べさせたようでした。それを聞いたマリさんは、義両親と会うことをやめました。数年後、親戚の結婚式で久しぶりに再会した義母でしたが、やはりまだアレルギーのことを理解できていないようでした。
成長と共に食べられる食材が増えていった息子

親戚の結婚式で久しぶりに顔を合わせた義母に「ケイくん、まだアレルギーなの?」と言われたその瞬間、義父母がアレルギーを理解してくれる日は来ないのだと悟りました。できることなら縁を切りたかったのですが、それも難しく、私にできるのは義両親と会うときには今まで以上に細心の注意を払うこと、ただそれだけでした。そんな調子で数年が経過しました。

ケイタはすくすく成長し、12歳になりました。以前はアレルギーの症状がひどくて口にできなかったものも、体が大きくなるにつれて少しずつ克服していきました。今では、食べられる食材もあの頃と比べて増えました。

あの出来事以来、義父母と会う頻度はかなり減りましたが、今も細々と交流は続いています。義母は相変わらずアレルギーへの理解が浅く「ケイくん、ショートケーキ食べなさい」と声をかけてくることもあります。けれど成長したケイタは、自分の体のことをきちんと分かっていて「僕、イチゴアレルギーだからいらない」と、はっきり断れるようになりました。

しかし、やっぱり理解の浅い義母。ショートケーキを断られても、簡単には諦めません。「じゃあ、たまご蒸しパンは?」と、今度は別の食べ物を差し出してきました。ケイタが「ありがとう!これは食べる」と答えると、義母はわざとらしく「あらそぉ~?」と大きな声で言いました。

そして私に視線を向けると「ほぉーら、食べられるようになったじゃないのぉ」とドヤ顔。どうやら、昔は食べられなかった食材を口にするケイタの姿を見て、「食べれば治る」と言っていた自分が正しかったのだと私に示したいようです。

義母のドヤ顔には正直イラっとしますが、アレルギーのことを何度説明したところで、この人たちが理解する日はきっと来ない。そう思った私は、それ以上何も言わず、黙っていることに決めました。

アレルギーの恐ろしさが分からない人には、どんなに言葉を尽くして説明しても結局は伝わらない。今回の義父母との一件で、その現実を痛いほど思い知らされました。結果的に私は、会う頻度を減らして距離を置くという物理的な方法を選ぶことになりましたが、それも子どもの命を守るため。そう考えれば、決して間違った選択ではなかったと思っています。
幸いにも、ケイタくんのアレルギーは成長とともに落ち着いていきました。けれど、もし症状が改善していなかったらと考えると、今の義父母の対応には恐ろしさを覚えます。子どもの命に関わることに妥協はできません。たとえ家族であっても距離を置く、場合によっては縁を切るという選択も間違いではないと思います。
※ストーリーは実体験を元にフィクションを加えた創作漫画です。
登場人物や団体名は仮名であり、実在の人物や団体等とは関係ありません。
創作漫画としてお楽しみください。
原案:ママ広場編集部 脚本:のきわだ 編集:石野スズ
作画:dechi

