
フリーアナウンサーの徳光和夫がホストを務めるBSフジで放送の「プロ野球 レジェン堂」(毎週火曜夜10:00-10:55)。7月14日(火)、21日(火)の放送回には、江川卓が再登場する。前回収録の終わりに、徳光からの「また新たな収録をさせてもらえませんか?」という申し出を江川が快諾して実現した延長戦対談だ。江川の口から再び語られた巨人時代の濃密なエピソード。江川をよく知るという徳光にとっても、今回初めて知ったという秘話も明かされる。WEBザテレビジョンは、収録直後の徳光にインタビューを実施。4回にわたって対談した江川に感じた新たな印象、稀代の怪物との時間を振り返ってもらった。
■江川卓が背負い続けた針のむしろの孤独と、長嶋監督の存在
前回の放送で語られた江川をめぐる“空白の一日”と、阪神タイガースから読売ジャイアンツへの電撃トレード。当時を知る徳光にとっても、あの騒動の記憶は強く残っている。「実働は9年。でも、その間には本当に色々とあったわけですね。普通の選手とは全く違う入り方をしましたから」と、徳光は静かに語り出した。
「ピッチャーというのは、野球選手の中でもとりわけ孤独な存在だと思うんです。だからもし彼がピッチャーという道を選んでいなければ、あの針のむしろのような2年間は耐えられなかったのではないか。今日、改めてお話しして、僕はそう強く感じました。世間の喧騒はもちろんですけど、チームの中でもあの状態でしょ」と、怪物が背負った孤独に思いを寄せる。
世間からの非難の嵐。その上、トレード相手となった小林繁投手は、ナインから慕われていた巨人のエース。徳光は当時の取材現場で、「江川、しんどいだろうな」とチームの空気を感じ取っていたと述懐する。
江川は騒動により出場を自粛。1979年6月2日、ようやく迎えた阪神とのデビュー戦は、7回途中5失点、3本塁打を浴びるという苦い結果に終わった。しかし徳光が今回江川から聞き出したのは、その舞台裏に隠された真実だ。
「実は、あのときはまだ肩が全くできていなかった。自粛中、2軍で調整していたといっても、あの針のむしろの中ですから。できたのは軽い投球練習みたいなもの。その話を今回聞きましてね。本当、気の毒だったなと思うんです。阪神も巨人も、球場全体が全員アウェーという極限状態で、まともなピッチングなんてできるはずがないんです」
収録では、当時の長嶋茂雄監督との関係についても話が及ぶ。「はっきりとは伺いませんでしたけどね」と断りつつ、徳光は当時の光景をこう振り返る。
「長嶋さんは、とにかくどんな形でも江川を獲りたかった。だから小林さんが阪神に行こうが、江川が獲れたということだけで大喜びしていたんです。長嶋さんだけは、ずっと江川の味方だった。それは彼にとって心強かったんじゃないでしょうか」
■30年以上の時を経て明かされた、1983年・日本シリーズ登板順の真相
今回の対談において徳光が何より驚かされたのは、江川を知り尽くしているはずの自身にとっても初めて聞く話が次々に飛び出したことだ。「江川さんに関しては、自分でも相当知っているつもりだったんですが、そんなことがあったのかと。驚きの連続でした」と、収録で飛び出したエピソードの深さに舌を巻く。
中でも徳光の印象に強く残ったのは、1983年、埼玉西武ライオンズとの日本シリーズ第6戦にまつわる話だ。誰もが「先発は江川だ」と確信していた場面で、告げられた先発の名前はライバル・西本聖投手だった。
「あのとき、藤田(元司)監督がなぜ西本を先に行かせたのか。これは我々にとって長年の謎だったんです。でも今回江川さんの口から語られたのは、登板順が変わったことで“勝負の形そのものが変わってしまった”という事実でした。本人は『自分が先発ならストレートで勝負するつもりだった』と。それがリリーフに回ったことで肩の状態も含め、カーブで勝負せざるを得なくなった。この葛藤と証言は今回初めて聴きました。当時のピッチングの裏側にこれほどのドラマがあったとは…」
さらに番組では、これまであまり表に出なかった江川の“自信家”としての素顔も現れる。「プロに入ればすぐに30勝できると思っていた」という怪物ならではの自負。しかしその自信を打ち砕いたのが、プロの打者が放つ「空振りになるはずのボールをファウルにする技術」だったというエピソードも徳光には新鮮に映ったいう。
■徳光が夢と消せない“江川監督待望論”
大学経由、そして1年間のドラフト浪人。怪物と謳われた江川の現役生活はわずか9年だった。「あっさりした引退」と感じたファンも多かったはずだ。歌番組の司会を長年務めてきた徳光は、江川の32歳という若さで引退した美学を歌手になぞらえてこう語る。
「都はるみさんのように、自分の理想とする声が出せなくなったとき、潔く身を引く美学が江川さんにもあったのでしょう。130キロ台でも勝てるかもしれない。でもかつての指にかかったあのボールが投げられないのなら、それは自分ではない。世間から見ればまだやれる状況でも、そこには江川さん独自の自分に対する一切の甘えを許さない哲学があったんです」
そして徳光は、“江川監督待望論”についても熱く語った。「自分は監督に向いていない」と語った江川に対し、徳光は「もったいない。これだけの野球に対する見識と面白さを持っている人がユニホームを着ていない」と激しく惜しむ。
「いつまでもON時代の幻影を追いかけるのではなく、そこにピリオドを打てるのは“江川・掛布”による監督対決だったはずなんです。掛布さんが阪神を、江川さんが巨人を率いて競い合う。両雄の時代をプロ野球界は作るべきだった。まだ年齢的にもいけるはずです。この番組を通じて、その火がまた付いてくれたらと願ってやみません」
知られざる怪物の真実、そして野球への美学。徳光和夫をして「初めて聞いた」と言わしめた対談放送は、7月14日(火)、21日(火)夜10時から。

