(写真:Smappa!Group)
下町ホスト#61
「撮影はじめて?」
淡々とニット帽の男は、そう言ってしっかりとカメラを構えた。
「はい。そうです。」
思っていたより声がうまく出なかった。だんだん身動きが取れなくなってゆく。ニット帽の男が更に近づいてくる。そして、シャッターを押した。ピピッという音と共に辺りが光り、情けない私の姿がニット帽の男の近くにあるパソコンに転送された。画面を覗き込んだ眼鏡ギャルは大きな声を出して笑った。
「これで良くね?うける」
ニット帽の男がカメラを置いて、煙草に火をつけた。眼鏡ギャルもそれを見て煙草に火をつけた。
「宣材って一枚でいいよね?なんかもうちょい適当に撮っていい?ひまだから。」
ニット帽の男が濃い煙と共に吐き出した。
「うん、いいよ。勝手にやって。」
まだ吸って間もない煙草の火種を潰して、棒立ちの私の元へまたカメラを持ってやってくる。
「まず宣材撮っちゃおう。一発だけいいの撮れればいいから。まずカメラじゃなくて、レンズの奥を見てくれる?他は無視して体とかどうでもいいから。」
私は言われるがままカメラのレンズの奥を見ようと集中する。しかし、どこが奥なのか、何が正解なのかわからぬまま数枚撮られてゆく。
「いや、思ってるよりいいよ。その調子。もっと奥だよ。奥。そうそう。たまには、睨んでみて。そうそう。次はなんか見下してみて。ムカつくだろ?色々。そうそう。奥を。もっと見下して。」
言われるがままひたすらレンズの奥を睨んだり、蔑んだ目で見ていたら、だんだん顔の強張りや体の力みがなくなってゆく。
「はい。宣材終わり。いいじゃん。」
あっという間に数十分経っていた事実に内心びっくりしたが、表情には出さなかった。
「さあ、徐々に脱いでいこうか。まずそのカッコいいジャケットから脱いでいこう」
私は、まずはジャケットから順番に脱いでゆく。脱いだ衣服は足元へ投げ捨てるように指示され、その通りに動いた。ネクタイも捨て、ワイシャツも捨てた。スーツの下も脱ぎ、パンツと靴下だけという格好になった。しかし一向に撮る気配はない。
「さあ、どうする?まず靴下いこうか?」
ゆっくりと脱ぐ。
「さあ、どうしようか?」
眼鏡ギャルが真剣な眼差しで脱げと目で指示をした。そして、私は全裸になった。
「せっかくだからこれで撮ろう。」
そう言ってニット帽の男は、チェキを持ってきて、一枚撮って、それを眼鏡ギャルに手渡した。
カメラでは全裸は撮らず、撤収作業がはじまった。私は脱ぎ捨てられた衣服を拾い集め少しだけ影になる場所で着直した。
私がネクタイを締め終わった頃、私の全裸のチェキを見ながら、ニット帽の男と眼鏡ギャルがヒソヒソと談笑している。私は聞き耳を立てたが、あまり聞こえなかった。談笑が終わると眼鏡ギャルはそのチェキを財布に入れて満足そうに私を大声で呼ぶ。
「おーい、おせーよ。早くいこーぜ。店。」
「ありがとう。あのチェキどうすんの?」
「御守りとして、私が持っててやるよ。」
「そう、、、。」
「嫌?」
「いや、持っててよ。でも無くさないでよ。」
「ほーい。大切にしてやるよ。」
そう言って私達はニット帽の写真スタジオから出て、歌舞伎町の眩いネオンに照らされながら、新宿駅東口を目指した。
『伝奇』
日が昇り涙が滲む黒色は誰かの胸できっと消え去る
この骨は脆く脆くて美しくそれを摩れと誰が言った
小さめの古びた箱に詰め込んだなんてことない僕の体毛
実家には母しか知らぬ扉あり開けてしまうと雨が降るらし
大声で揺れる遺影はあの夏の笑みだけ残し電気は消える
(写真:SHUN)

