消灯後にベッドでスマートフォンを操作する習慣は、多くの方に心当たりがあるのではないでしょうか。暗い環境でのスマホ使用は、眼圧や眼内の構造に影響を与える可能性があるとされています。特に隅角が狭い方では、急性緑内障発作の誘因になる可能性も指摘されています。この記事では、その仕組みと注意すべきポイントをわかりやすく解説します。

監修医師:
柳 靖雄(医師)
東京大学医学部卒業。その後、東京大学大学院修了、東京大学医学部眼科学教室講師、デューク・シンガポール国立大学医学部准教授、旭川医科大学眼科学教室教授を務める。現在は横浜市立大学視覚再生外科学教室客員教授、東京都葛飾区に位置する「お花茶屋眼科」院長、「DeepEyeVision株式会社」取締役。医学博士、日本眼科学会専門医。
暗闇でのスマホ操作と急性緑内障リスク|なぜ目が危険にさらされるのか
スマートフォンは私たちの生活に欠かせない存在となりましたが、その便利さの一方で、使い方によっては目に大きな負担を与える可能性があります。特に注意したいのが、就寝前や消灯後などの暗い環境でスマートフォンを長時間使用する習慣です。暗闇の中で画面を見続けると、目は通常とは異なる状態で働き続けることになり、眼圧や眼内構造に影響を及ぼす可能性があると考えられています。
なかでも、もともと隅角が狭い方は、暗所でのスマホ使用が急性緑内障発作の誘因となる可能性が指摘されています。急性緑内障は発症すると短時間で症状が進行し、適切な治療が遅れると視力や視野に重大な影響を残すこともある疾患です。このセクションでは、急性緑内障の基本的な仕組みと、暗闇でのスマホ操作がなぜリスクとなり得るのかについて詳しく解説します。
急性緑内障とはどのような病気か
急性緑内障とは、正式には「急性閉塞隅角緑内障」と呼ばれる疾患で、眼の内部を循環している房水(ぼうすい)の流れが突然妨げられることによって発症します。房水は眼球の形を維持し、角膜や水晶体に栄養を届ける重要な役割を担っていますが、常に一定量が作られ、一定量が排出されることで眼圧のバランスが保たれています。
ところがリスクのある方で、何らかのきっかけで房水の排出口が閉塞すると、房水が眼内にたまり続け、眼圧が急激に上昇します。その結果、視神経が強い圧迫を受け、視機能に深刻な障害を引き起こすことがあります。
視神経は、網膜で受け取った光の情報を脳へ伝える重要な神経です。しかし、一度障害された視神経は基本的に再生しないと考えられており、失われた視野や視力を完全に取り戻すことは容易ではありません。そのため、急性緑内障は「早期発見・早期治療」が極めて重要な眼科救急疾患のひとつとされています。
発症すると、強い眼痛や頭痛が突然現れることが多く、症状が進行すると吐き気や嘔吐を伴うこともあります。また、「急に視界がかすむ」「光を見ると虹の輪のように見える」「片目だけ見えにくくなった」といった視覚症状が現れることもあります。なかには激しい頭痛や吐き気が前面に出るため、最初は脳神経系の病気や胃腸炎と勘違いされるケースもあります。
急性緑内障の発症には眼の構造的特徴が大きく関わっています。眼の前方には「隅角(ぐうかく)」と呼ばれる房水の排出口がありますが、この部分がもともと狭い方では、わずかな変化によって房水の流れが妨げられやすくなります。特に遠視傾向のある方、高齢者、女性、家族に緑内障の方がいる方などは隅角が狭い場合があり、注意が必要とされています。
普段はまったく症状がなく、自分が発症リスクを抱えていることに気づいていない方も少なくありません。そのため、定期的な眼科検診によって隅角の状態を確認しておくことが大切です。
暗闇が瞳孔に与える影響と眼圧上昇のメカニズム
暗い場所に入ると、私たちの目は周囲のわずかな光を効率よく取り込むために瞳孔を大きく開きます。この反応を「散瞳(さんどう)」と呼び、暗所での視覚を維持するために欠かせない正常な生理現象です。
しかし、隅角が狭い方は、この散瞳が急性緑内障発作の引き金になることがあります。瞳孔が大きく広がると、虹彩(黒目の周囲にある色のついた部分)が前方へ移動しやすくなり、房水の通り道である隅角をさらに狭めてしまう場合があるのです。
隅角が閉塞すると房水が排出されなくなり、眼内に蓄積して眼圧が急激に上昇します。通常の眼圧はおおよそ10〜21mmHg程度ですが、急性緑内障発作では40〜50mmHg以上にまで上昇することもあります。このような急激な眼圧上昇は視神経に大きなダメージを与え、短時間のうちに視機能障害を引き起こす可能性があります。
暗闇でスマートフォンを使用する状況では、周囲が暗いため瞳孔は広がった状態を維持しやすくなります。一方で、スマホ画面自体は強い光を発しているため、目は近距離にピントを合わせ続けることになります。さらに重要なのが操作時の「姿勢」です。ベッドでうつむき・下を向いた姿勢を続けると、眼圧が上昇しやすいことが報告されています。暗所での散瞳と重なると、もともと隅角が狭い方では発作リスクが高まる可能性があると考えられます。
近くを見る際には毛様体筋という筋肉が緊張し続けるため、目の疲労が蓄積しやすくなります。また、まばたきの回数も減少しやすく、ドライアイや眼精疲労を招く原因にもなります。こうした複数の負担が同時にかかることで、目の環境はより過酷な状態になります。
特に就寝前に部屋の照明を消した状態でスマートフォンを見る習慣がある方は注意が必要です。ベッドの中で長時間スマホを操作する行為は、目への負担だけでなく睡眠の質の低下にもつながる可能性があります。
もちろん、暗闇でスマホを使ったからといって、すべての人が急性緑内障を発症するわけではありません。しかし、隅角が狭い方や眼科で注意を受けたことがある方にとっては、発作の誘因となる可能性があります。日頃からスマートフォンを使用する際は、部屋を適度に明るく保つこと、長時間連続して見続けないこと、定期的に目を休ませることを意識することが大切です。
また、40歳以降は緑内障のリスクが高まるため、自覚症状がなくても定期的に眼科検診を受け、自分の眼の状態を把握しておくことが将来の視力を守るうえで重要になります。
まとめ
暗闇でスマートフォンを長時間操作する習慣は、目への負担(眼精疲労・調節緊張・ドライアイ)を増やす可能性があります。すべての方が急性緑内障を起こすわけではありませんが、もともと隅角が狭い方、遠視の方、40代以降の方、女性で家族に緑内障の方がいる方などでは、暗所での散瞳や就寝前のうつむき姿勢が、急性緑内障発作の誘因になり得る点に注意が必要です。
激しい眼痛・頭痛・虹視・急な視力低下が出た場合は、時間を問わず眼科(可能なら救急対応)を受診してください。症状がないうちからの定期検診で、自分の隅角の状態を把握しておくことが、将来の視力を守るうえで重要です。部屋を適度に明るくする、就寝前のスマホ使用を控える、画面の明るさを調整するなど、今日からできる環境改善から始めていただければと思います。
本記事で述べている「暗闇・うつむき姿勢と眼圧・散瞳」は、緑内障リスクのある方にとって注意すべき要素です。一方で、消灯後のスマホ使用と急性緑内障発症を直接結びつけた大規模研究はまだ限られており、スマホを使うすべての方が失明するわけではありません。不安がある方は、症状の有無にかかわらず眼科で隅角検査を受けることをおすすめします。
参考文献
日本緑内障学会「緑内障診療ガイドライン(第5版)」
東京大学医学部附属病院「眼科」
日本眼科学会「目の病気(緑内障)」
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