
「うちの子に限って」そう思っていたが、実は娘がいじめをしていた。そんな事実を知らされたとき、親はどうすればいいのだろうか。「いじめ」の加害者と被害者、双方の親の視点から描かれたしろやぎ秋吾さんの漫画『娘がいじめをしていました』に注目が集まっている。


いじめた本人でもいじめられた側でもなく、何があったか直接は知らない保護者の視点で淡々と描かれる2つの家族が、いじめと向き合っていく物語だ。今回は、第5話「そんな子に育てた覚えないわよ」までの試し読みを紹介するとともに、作者のしろやぎさんに制作秘話を聞いた。
本作は、いじめる側といじめられる側ではなく「その親」が視点になっている。セミフィクションの題材として編集者から提案されたことが制作のきっかけだった。しろやぎさん自身にも、小学3年生の息子と1年生の娘がいる(※学年は連載当時)。
「この本の主人公のように『まさか自分の子どもが…』と思いながら、いつそうなってもおかしくないなとも思いました。加害者、被害者、第三者の親がそれぞれどんなことを考えて、どんな悩みを持ってどう着地するのか考えてみたいと思ったんです」
登場人物の心情を極限までリアルにするため、配偶者や編集者に何度もネームを見てもらい、作り直したと振り返る。SNSで体験談を募集し100件以上の声が寄せられたが、いじめの実体験を漫画化することの難しさを痛感し、あくまで親の心情の参考にするにとどめたという。
■いじめの実態をあえて描かない演出の意図
本作を描くうえでこだわった点について、しろやぎさんはNPO法人「ストップいじめ!ナビ」への取材を挙げる。そこで加害行動につながると考えられる「ストレッサー(ストレスの要因)」について知ったことが、作品の方向性を決定づけた。
「子どもが抱えるストレスの要因を具体的に描いてしまうと、どこかの1つの事例として読まれてしまい、共感しにくいと考えました。できるだけ何に問題があるかわからないように、一見『普通』の家庭で起こった出来事にしようとしました」
加害者が何をしたのか、被害者が何をされたのか。あえて明確に描いていないのは、「1話ずつ、親の視点と同じように悩みながら、疑いながら読んでもらいたい」という思いからだ。
また、作中で描かれる保護者説明会のシーンでは、当事者ではない第三者の親の目線がリアルな恐ろしさを醸し出している。現代社会の事象を反映して生まれたシーンだが、「ただ、ネットへの告発が悪だとも思わないです。そうするしかなかった状況があるのだと思います」と、複雑な胸中をのぞかせる。
■気がつけば加害者かもしれないという恐怖
本作を描き進めるなかで、しろやぎさん自身のいじめに対する意識にも変化があった。
「いじめっ子の親の話を描いていたつもりが、いつの間にかいじめられっ子の親の心情になっていました。自分も、自分の子どもも気づかないうちにいじめる側に立ってしまっているということが、簡単にあり得るんだろうなと思いました」
親には「自分の子どもがそんなことをするはずがない」という強いバイアスがかかっている。しかし、些細な嘘から我が子への不信感が募り、夫婦間でも意見が食い違っていく。もし自分の子どもがいじめの加害者になったら、あるいは被害者になったら、どう向き合うべきか。最後にしろやぎさんは、読者へ向けてこう語った。
「いじめという題材で、不快な思いをされた方もたくさんいると思います。すみませんでした。最後まで読んでくださった方、読んでよかったと言ってくれた方、ありがとうございました」
本作に明確な答えはないが、目を背けたくなるような感情と向き合い、親としてどうあるべきかを考える大きなきっかけを与えてくれるはずだ。
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