“胸の痛みがない”のは要注意?「糖尿病」患者が見逃しやすい「前兆」

“胸の痛みがない”のは要注意?「糖尿病」患者が見逃しやすい「前兆」

糖尿病の方は、そうでない方と比べて冠動脈疾患の発症リスクが2〜4倍高いとされています。高血糖が続くと血管内壁が傷つき、動脈硬化が加速します。さらに、糖尿病による神経障害が起こると、心筋が虚血状態に陥っても胸の痛みを感じにくくなる「無痛性心筋虚血」という状態が生じることもあります。このセクションでは、糖尿病が虚血性心筋症の発症と進行にどのように関わるかを解説します。

後平 泰信

監修医師:
後平 泰信(医療法人徳洲会札幌もいわ徳洲会病院)

2009年に旭川医科大学医学部を卒業。循環器内科のスペシャリストとして、長年、札幌東徳洲会病院を中心に救急医療や心疾患の治療に従事。2023年には睡眠・無呼吸・遠隔医療センター長を歴任し、最新技術を用いた診療体制の構築に尽力。2024年より病院長に就任し、2025年10月の「札幌もいわ徳洲会病院」への名称変更。日本循環器学会 認定循環器専門医。日本睡眠学会 総合専門医・指導医。日本スポーツ協会公認 スポーツドクター。日本内科学会 認定内科医。

糖尿病と虚血性心筋症の合併がもたらすリスクと症状

糖尿病と虚血性心筋症という二つの病気を併せ持つことは、単に「1+1=2」のリスクではなく、互いに悪影響を及ぼし合うことで、より複雑で深刻な健康問題を引き起こします。このセクションでは、二つの病気が合併した場合に特有の症状や見逃しやすいサイン、そして心筋梗塞や脳卒中といった心血管イベントのリスクがどのように増大するのかについて、具体的に解説します。

合併しやすい症状と見逃しやすいサイン

糖尿病と虚血性心筋症が合併した場合、心臓のポンプ機能低下(心不全)に起因する症状がより顕著に現れる傾向があります。具体的には、軽い動作での息切れ、全身の倦怠感、足首や足の甲のむくみ(浮腫)、夜間に横になるとせきが出て眠れない(起坐呼吸)などが挙げられます。これらの症状は、加齢や単なる疲れとして片付けられやすく、病気のサインとして認識されにくいのが特徴です。特に、糖尿病患者さんでは前述の無痛性心筋虚血の存在により、典型的な胸痛が出現しないため、これらの非特異的な症状が心臓からの唯一の警告である可能性があり、注意深い観察が求められます。

糖尿病患者さんにおいては、神経障害の影響で痛みの感覚が鈍くなっている可能性があるため、胸痛という典型的な警告サインを伴わずに心筋虚血が進行するリスクを常に念頭に置く必要があります。そのため、症状がないからといって安心するのではなく、定期的な心電図検査や心エコー検査、血液検査(BNPやNT-proBNPといった心臓への負担を示すマーカーの測定)を受けることが、病状の早期発見と重症化予防のために不可欠です。糖尿病の治療を受けている方は、血糖コントロールの指標(HbA1cなど)だけでなく、血圧、脂質、そして心機能のモニタリングを包括的に行うことが推奨されます。

食欲の急激な変化や意図しない体重減少も、見過ごしてはならない重要なサインです。心不全が進行すると、消化管への血流が低下し、腸がむくむことで食欲不振や吐き気を引き起こすことがあります。また、心臓が悪化すると体はエネルギーを消耗しやすい状態(心臓悪液質)になり、食事量が同じでも体重が減少することがあります。これらの変化は、糖尿病のコントロール不良による症状と混同されることもありますが、心機能低下のサインである可能性を考慮し、主治医に相談することが大切です。

合併することで高まる心血管イベントのリスク

糖尿病と虚血性心筋症の合併は、心筋梗塞や脳卒中、末梢動脈疾患といった重篤な心血管イベントの発症リスクを飛躍的に高めます。虚血性心筋症という不安定な土台がある上に、糖尿病による血管へのダメージや血栓形成傾向が加わることで、冠動脈が完全に閉塞して心筋が壊死(えし)する心筋梗塞のリスクが著しく増大します。一度壊死した心筋は再生しないため、心筋梗塞を発症すると心臓のポンプ機能はさらに永続的なダメージを受け、心不全の悪化や突然死のリスクにもつながります。

さらに、糖尿病は心臓だけでなく、腎臓(糖尿病性腎症)、眼の網膜(糖尿病網膜症)、末梢神経(糖尿病神経障害)など、全身の微小血管にも障害を引き起こします。虚血性心筋症との合併は、これらの合併症の進行を加速させる可能性があります。特に心臓と腎臓は密接に関連しており(心腎連関)、心機能が低下すると腎機能が悪化し、腎機能が悪化すると心臓への負担が増すという悪循環に陥りやすくなります。これにより、治療はより複雑化し、使用できる薬剤が制限されたり、治療効果が得られにくくなったりすることがあります。

このような高いリスクを管理するためには、日常生活における自己管理が重要です。特に、急激な運動、過度な食事制限、脱水、感染症などは、心臓に大きな負担をかけ、心血管イベントの引き金となり得ます。医師や管理栄養士、理学療法士などの専門家チームと密に連携し、個々の病状に合わせた無理のない範囲でのライフスタイル改善を継続的に進めることが、リスクを抑えて安定した状態を維持するための鍵となります。

まとめ

虚血性心筋症は、単独の病気としてではなく、糖尿病や腎機能低下(クレアチニン値の上昇)といった全身の代謝異常や臓器障害と密接に結びついた全身疾患として捉える必要があります。これらの病気は互いに悪影響を及ぼし合い、複雑な悪循環を形成します。この連鎖を断ち切るためには、食事療法、適切な運動、禁煙といった地道な生活習慣の改善を土台とし、最新の知見に基づいた薬物療法や定期的な検査による医療的管理を両輪として進めていくことが不可欠です。少しでも気になる症状に気づいたとき、あるいは健康診断で検査値の異常を指摘されたときには、決して放置せず、早めに循環器内科、糖尿病内科、腎臓内科などの専門医へ相談してください。

参考文献

厚生労働省「慢性腎臓病(CKD)」

日本循環器学会「慢性心不全診療ガイドライン(2025年改訂版)」

日本糖尿病学会「糖尿病診療ガイドライン2024」

国立循環器病研究センター「虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する手術」

配信元: Medical DOC

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