
その町には、幽霊が出る踏切がある。受験に失敗して電車に飛び込んだ高校生の幽霊だという。見えない人が多いなか、幽霊が出ることは広く知られていた。その踏切が配達エリア内にある郵便配達員・水谷くんは“見える体質”であり、踏切待ちをしていると、嫌でも目に入ってしまう。




この幽霊について、読者からは「幽霊が怖い風貌ではなく、眠るように横たわっているのがとても印象的」という声が寄せられた。幽霊は何をするでもなく、ただ静かに踏切に横たわっているのだ。
■誕生日の夜に起きた、踏切での不思議な対峙
水谷くんの配達エリアは幽霊が出るだけでなく、クレーマーやトラブルも多かった。ある日、クレーム客から延々と説教を受け、やっと局に帰ると、新人が入力し忘れた未処理の仕事が放置されていた。踏んだり蹴ったりの状況のなか、代わりに処理をする水谷くんは、ふと「今日俺、誕生日じゃん」と気づく。
帰りのコンビニで自分へのささやかな祝いとして“ちょっといいビール”を買い、帰路につくが、例の踏切に差し掛かってしまう。踏切の幽霊と対峙した彼が発する言葉に、幽霊だけでなく読者も胸を打たれる。「仕事に行く前によいものを拝読させていただきました!」「幸せに生きられる未来がいつか来ますようにと願わずにはいられない」といった共感の声が届いている。
■人生を踏ん張った者だけが知る、ささやかな喜び
本作の作者で現役郵便局員の送達ねこ(@jinjanosandou)さんに話を聞いた。読者から寄せられた「名前も知らない人に顔だけが知られているという窮屈な心情が表現されていて共感した」という感想に対し、実際の業務でも似た経験があるという。
「知らない人に、思いがけず道や店の中で会釈されることもあります。仕事から解放されてノーガードになっているので、とっさに行動を振り返ったりして少しドキッとしますね。完全に一人になれるまで『会社員の顔』が脱げない緊張感があります」と語る。
劇中の「お前知らないで行ったろ。飲もうぜ」というセリフについて、あのシーンに込めた思いを明かしてくれた。水谷くんには、受験や就活などの人生の分岐点でことごとく挫折を経てから今の仕事に就いた経緯がある。理想に届かなくても生きていかなければならず、不本意な思いをたくさん味わってきたからこそ、人生ゲームを降りた幽霊の気持ちがわかるのだ。
「年若くして亡くなった幽霊が、この世でしか得られない『喜び』の1つを知らないまま行ってしまったろうと感じているのです。苦労の多い人生を踏ん張った者だけが知る、ささやかな喜び。それを幽霊と分かち合おうと考えました。完全な答案を出すのはたやすくないかもしれませんが、大人の責任として自分も考えていかなければならないと思います」
本作を含む『郵便屋が集めた奇談』は、送達ねこさんのもとに届いた同僚配達員たちの不思議な体験談を漫画化したものだ。「郵便屋さんならではのお話」「ゾクッとしたけど、めちゃくちゃおもしろい」と好評を博している。日本のどこかの町でひっそりと起こっている“怪異”を、ぜひ覗き見してみてほしい。
取材協力:送達ねこ(@jinjanosandou)
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