くも膜下出血は、脳を包む膜の下の空間に血液が流れ出る深刻な状態です。治療がうまくいっても、その後に新たな危機が訪れることがあります。それが「脳血管攣縮」です。この記事では、脳血管攣縮がどのような状態なのか、なぜくも膜下出血の後に起こりやすいのか、そして患者さんや家族が知っておきたい基本的な知識について、わかりやすく解説します。

監修医師:
伊藤 たえ(医師)
浜松医科大学医学部卒業。浜松医科大学医学部附属病院初期研修。東京都の総合病院脳神経外科、菅原脳神経外科クリニックなどを経て赤坂パークビル脳神経外科菅原クリニック東京脳ドックの院長に就任。日本脳神経外科学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本脳ドック学会認定医。
脳血管攣縮とは何か——くも膜下出血後に起こる「第二の危機」
くも膜下出血後の回復過程において、脳血管攣縮は患者さんの予後を大きく左右する合併症として広く知られています。ここでは、脳血管攣縮がどのような状態を指すのか、なぜくも膜下出血の後に発生しやすいのかを説明します。
くも膜下出血と脳血管攣縮の関係
くも膜下出血とは、脳を包む膜のひとつである「くも膜」の下の空間(くも膜下腔)に血液が流れ出た状態を指します。その原因の多くは、脳動脈瘤(脳の血管にできたこぶ)の破裂です。日本では10万人あたり年間およそ20件が発症するとされており、全脳卒中のなかでは比較的少ない部類に入りますが、死亡率や重篤な後遺症のリスクは高く、深刻な疾患のひとつです。
くも膜下出血が起こると、くも膜下腔に広がった血液が脳の主要な動脈に接触し続けます。この血液の中に含まれる成分、特にオキシヘモグロビン(赤血球の中で酸素を運ぶヘモグロビンが酸素と結びついた状態)など複数の血液成分が関与すると考えられています。その結果として発生するのが、脳血管攣縮です。
脳血管攣縮とは、脳の主要な動脈が持続的に収縮し、内腔が狭くなった状態を指します。血管が細くなれば、その先の脳組織に届く血流が減少します。脳は酸素と栄養素を血液に頼って生きているため、血流が減ると脳の細胞が傷つき、最終的に脳梗塞へ発展することがあります。
脳血管攣縮が発生するメカニズム
脳血管攣縮が起こる仕組みは、単純ではありません。長年の研究によって複数のメカニズムが解明されつつありますが、現在もそのすべてが明らかになっているわけではなく、複数の因子が複雑に絡み合って発生すると考えられています。
まず、くも膜下腔に流れ出た血液中のオキシヘモグロビンなどが、血管の拡張に必要な一酸化窒素(NO)という物質を減少させます。一酸化窒素は血管壁の筋肉をゆるめて血管を広げる働きを持つため、この物質が少なくなると血管が収縮しやすくなります。
加えて、エンドセリン(ET)と呼ばれる血管内皮細胞由来のペプチドも重要な役割を担っています。エンドセリンは強力で持続的な血管収縮作用を持ち、くも膜下出血後の脳脊髄液(髄液)中でその濃度が上昇することが確認されています。近年では、このエンドセリンの働きを抑えることで脳血管攣縮を予防しようという治療法の研究が進み、日本でも新しい薬剤が承認されています。
また、脳の血管平滑筋(血管の壁を構成する筋肉)の収縮を調整する酵素(Rhoキナーゼ)の活性化も、血管攣縮の持続に関わることがわかっています。こうした多因子的なメカニズムが重なり合って、脳血管攣縮という複雑な病態が形成されます。くも膜下腔の血腫(血のかたまり)の量や分布が多いほど、脳血管攣縮のリスクが高くなることは、現在の医学的コンセンサスとして広く受け入れられています。
発症の時期と頻度
脳血管攣縮は、くも膜下出血が起きてからすぐに発生するわけではありません。通常、出血後の2〜3日以内にはほとんど認められず、4日目以降から起こり始め、7日前後にピークを迎え、14日目ごろまでに生じることが多いとされています。この「4〜14日目」という時期が、いわゆる攣縮期(れんしゅくき)と呼ばれ、医療スタッフが特に注意を払う期間です。
血管撮影(造影検査)で確認できる脳血管攣縮(angiographic vasospasm)は、くも膜下出血患者さんの約70%に認められるとされています。一方、実際に神経症状が現れるほど重症な症候性脳血管攣縮(遅発性脳虚血、DCI)を起こすのは、全体の20〜30%程度です。つまり、血管の狭窄が画像上で確認されても、すべての方が症状を呈するわけではありません。ただし、症状が出た場合の影響は深刻であり、速やかな対応が求められます。
まとめ
くも膜下出血後の脳血管攣縮は、発症から数日後に現れ、脳虚血や脳梗塞につながり得る深刻な合併症です。症状は意識レベルの低下から局所的な麻痺・失語などへと進み、見逃されると取り返しのつかない後遺症を残すことがあります。現在の日本では、塩酸ファスジルやクラゾセンタン(ピヴラッツ)などの薬剤を含む予防・治療体制が整いつつあり、適切な管理によって予後改善が期待できます。
くも膜下出血後のご本人やご家族は、攣縮期(4〜14日目)に神経症状の変化が現れた場合には速やかに医療スタッフに相談し、多職種チームによる専門的な管理を受けることが大切です。
参考文献
日本脳卒中学会「脳卒中治療ガイドライン 2021 [改訂2025]」
厚生労働省「第3回 脳卒中ってなぁに? 」
厚生労働省「脳卒中に関する留意事項」
日本脳神経外科学会「暗ぞ先端承認によるくも膜下出血の予後の変化」
- 「外傷性くも膜下出血の後遺症」が残りやすい原因は?合併症や後遺障害等級も医師が解説!
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