ーー家が変わるたび、そこにいるわたしもすこしずつちがっていた。とおもう。
モデル、俳優、ポッドキャストとマルチに活動する文筆家・金井球さんによる新連載『くうねるゆれる・四角い床で』。
実家で暮らし、ひとりで暮らし、ふたりで暮らし。それぞれ「家」も「わたし」も違っていたけれど、床はみんな四角かった。
これまで暮らしてきた家々を思い返しながら、住まいと同居人が変わるなかで移ろってきた“自分というもの”について綴ります。
* * *
金井球、24歳の初夏は、スワイプ ついで スワイプ 。スーモは無限にわたしに間取り図を見せてくれます。スーモっていい名前だ。住もうって気持ちにさせてくれる。
最初のうちは、丸いテーブルを絶対に置きたいだとか、本棚をここに大きくだとか、間取りをいかす妄想なんかもしていたが、こうも延々と眺めていると、ゲシュタルト崩壊。もうなにがどういう間取りを示しているのかなどもよくわからなくなってくる。
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ 四角い。
間取り図はいくつかの四角が連なって構成されている。それは小さかったり、「洗」とか「5」とか「6」とか「7」とか「㎡」みたいなばかげた文字が真ん中に書かれていたりして、でも一様に四角い。
このシンプルな⬜︎の集合が、わたしに生活の光景を想像させるのはすこしおもしろい。この一見ちいさな⬜︎たちが、わたしがご飯を食べたり寝たりテレビを見たりするのに十分な大きさを秘めているらしいことを想像しながら、スワイプにつぐスワイプである。
いま、わたしはあたらしい家を探している。ふたりで暮らしていた家を出て、ひとりで暮らすための家を。ひとと暮らすことはとてもたのしい。けれどもそりゃあむずかしい。まあまたゆっくりはなします。
いまわたしが暮らしているこの部屋のとなりには、三人家族が住んでいる。
前に、玄関前で買い物袋を下げたお母さんと鉢合わせたとき、となりの家の玄関ドアの裏側が見えた。わたしたちが自分の趣味のマグネットなどを貼っているその場所に、給食のプリントやなにやら書かれたホワイトボードなどが貼ってある。
反転しているだけの同じかたちの部屋なのに、ひとはそのひとなりの暮らしぶりで、部屋をつくっている。
それは逆もまた然り、わたしはいままでに住んでいたさまざまな家で、その家なりの暮らしをつくってきた。家が変わるたび、そこにいるわたしもすこしずつちがっていた。とおもう。
ふと、わたしが現在寝転んでいる、お気に入りのラグがひかれた愛おしいこの床も、間取り図ではかんたんに四角く表されていたことを思い出す。
スマホから目をはなしまっすぐに目線をやれば、天井もまた四角い。わたしの暮らしてきた部屋の天井は、白かったり木目がサザエさんの横顔に見えたり近かったり遠かったりしたけれど、みんな一様に四角かった。
家は四角い。部屋は四角い。
少なくともわたしのみてきたそれらはみんな四角かった。
四角い部屋を見つけ、四角い部屋でひとり暮らし、四角い部屋でふたり暮らし、いままた、ひとりで暮らすための四角い部屋を探している。
暮らしてきたすべての床や壁や天井をおもうとき、そこに暮らしていたむかしのわたしのことを思い出す。
部屋も人も生活も、いまもなおそこにあり続ける気がする。変な話だが、そうおもう。
そんなこんなで、これまでわたしが暮らしてきた家のことを、すこしずつ思い出していきたいとおもいます。まちを歩けば、四角い家々にそれぞれの生活がぎちぎちと詰め込まれている。

