
標高350メートル、夏は涼しく冬は厳寒な岡崎の山あいで、196年余にわたって酒造りを行う「柴田酒造場」。歴史と伝統に育まれた技術で酒の仕込みを行いながら、自社田による酒米づくりや地元の農家との連携、空き家を利用したカフェや宿の運営など多様な取り組みを行っている。9代目の柴田佑紀さんに話を聞いた。
柴田酒造場では、酒づくりに使う酒米はすべて新城市作手地区をはじめ市内で栽培される「夢山水」を使用している。「かつては全国で栽培される10種類以上の酒米を使って仕込んでいた」と柴田さん。夢山水を使用し始めたきっかけを尋ねると「私は2018年から本格的に酒づくりに携わるようになったのですが、地酒なのに顔も見たこともない人が作る酒米を使うことに違和感を感じて。その当時は地元で作られた酒米の消費率はほぼタンク1本分くらいだったのです。また多分に漏れず農家は高齢化の影響もあり、今後の存続が厳しい状況にありました。だったら地元の農家ともっと向き合い、より強固な関係を築いて、地元で作られる酒米を活用していこうと考えたのです」と話す。
伝統的な技術を用いて行う酒づくりに自分たちが育てた酒米が使われる、その価値をしっかりと酒米の作り手に伝えていきたいと、柴田さんは2026年1月に農家を招いて会合を開催。「私たちがどういう思いで酒づくりを行っているか、農家の皆さんと本気で向き合っていることを伝えました」と柴田さん。その想いに共感し、お互いがこれまで以上にいい共創関係へとつながっていると話す。

こうした地元の酒米を使用するほか、柴田さんは2021年から自社で酒米づくりも行っている。「近隣の農家から跡継ぎ問題を相談されたことがきっかけで始めましたが、酒づくりにおけるローカリティをより深めるためにも、自社で酒米を作ることは大切だと思っています」。
柴田酒造場が手がける酒の仕込み水に使われるのは、この地域の地名にもなっている『神水』。山から湧出するこの水は硬度0.2と極めて軟水だ。「この地域は10メートル掘ると硬い御影石にあたり、雨が降っても水が土壌に浸透しないため、土壌中のミネラルが水に溶け込まず、そのまま井戸に集積されます」と柴田さん。「酒づくりに必要な酵母はミネラルによって発酵するため軟水での酒造りは大変難しく、これまではミネラルを添加して酒づくりを行っていましたが、そこにも違和感を感じていました」と話す柴田さん。
ミネラルは玄米に多く含まれるが、玄米はタンパクも多く含むため、酒の雑味につながる。この課題を解決するために、柴田さんは玄米の段階で低タンパクの米を作ることを考案し、自社の田んぼで試行錯誤しながら低タンパクの酒米づくりを行っている。「酒づくりはもちろん、農業においても神水をどう活かすか、醸すかが原点です」と柴田さんはあらためて神水の恵み、すばらしさについて強調する。



酒づくりのほかに、2020年からは「蔵cafe 一合」を運営。その名のとおり、かつて米の貯蔵蔵であった築140年の蔵をカフェにリノベーションし、自社で培った発酵技術や神水を活かしたメニューを提供する。神水で淹れるコーヒーや酒粕を使ったチーズケーキ、地元のジビエや野菜をたっぷりと取り入れたハンバーガーなど、どれも老若男女問わずに親しまれる味わいだ。
「オープンしたのがちょうどコロナ禍で、都心の密を避けてここへ来てくれる人が多かったことと、しつらいやメニューが評判を呼んだこともあり、しっかりと運営をしていこうと決めました」と柴田さん。その考えが功を奏し、今では年間約1万人が来店するほどに。地域に人流を作り、雇用を生み出す一端を担う存在へと成長している。


またカフェ同様に、さらにこの地域の価値を高めたいと空き家を利活用し、2026年には宿「脈」をオープン。「日本酒をはじめ、この地域の食や自然をゆっくりと体感してもらえる場所にしたいと思って立ち上げました」と柴田さん。脈という名前をつけたのも「この地域の山脈、地脈はもちろん、宿を通して関係人口を増やし、人脈を次世代につなげていきたいとの想いを込めています」と話す。

今後は自社の酒「孝の司」を世界へ広めることも視野に入れている柴田さん。だがそれにはまず日本でのブランド価値を上げる必要があるとも。「コロナ禍は国内で酒が売れなかったとき、アメリカではいち早く需要が動き始めたので、他社のPB商品として作るようになりました。『孝の司』ブランドで出荷し、海外での価値を高めていくのはまだまだこれからです」と話す柴田さん。「地元の米を使って作る酒が海外で評価されるのはとても価値があること。これから挑戦していきたいと思っています」。
30代前半までに事業の方向性を定め、種をまいてきた柴田さんは「これから各事業の花を咲かせるフェーズに来ました」と笑顔で話す。「酒づくり、カフェ、宿、それぞれに必要としてくれる客層が違いますが、相互に行き来し、それぞれの価値が認められることが地域価値を高めるひとつの道になると思っています。地方創生とは国からまず手が入ることではなく、自分たちが住む地域で自分たちのプロダクトを磨いていくことがまず大事。その先に創生があると考えています」。事業を通して地域貢献をし続ける柴田酒造場の今後に期待したい。


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