●「多文化共生」や「炎上」事案をどう考えるべきか
近年、「多文化共生」がしばしば話題になり、SNS上で「炎上」するようなケースもみられますが、国や自治体が特に憲法に違反していない取り組みを行っており、しかもそれが特に、日本国内では多数とは言えない文化を前提に生活していたり少数派の宗教を信仰していたりする子どもたちの利益に資する取り組みであり、かつ、他の子どもたちにとっても他文化や級友の信じる宗教への理解を深めることになるようなものであれば、大人としては攻撃的な言動を控えるべきでしょう。
日本に住む大人ひとり一人がそのように心がけることが、憲法26条で保障されるものと理解される子どもたちの学習権・成長発達権を尊重することにつながります。
「日本国憲法及び児童の権利に関する条約の精神にのっとり、次代の社会を担う全てのこどもが、生涯にわたる人格形成の基礎を築き、自立した個人としてひとしく健やかに成長することができ……る社会の実現を目指して、社会全体としてこども施策に取り組むこと」(子ども基本法1条)が私たち大人の役割であるという観点が特に重要だと思います。
【1】正教分離の原則(政教分離原則)の「政」とは「政治」またはその担い手である「国家」のことを意味し、「教」とは「宗教」またはその担い手である「教会」のことを意味します(片桐直人=井上武史=大林啓吾『一歩先への憲法入門〔第3版〕』(有斐閣、2025年)〔井上武史〕)。また、最高裁判例(津地鎮祭事件判決・最大判昭和52年7月13日31巻4号533頁)は、「政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するもの」だと同原則を定義しています。
【2】芦部信喜著・高橋和之補訂『憲法〔第8版〕』(岩波書店、2023年)171頁参照。
【3】高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第6版』(有斐閣、2024年)209頁参照。なお、宗教支援活動が憲法20条3項でカバーされる類型か否かについては、1つの問題ではありますが、判例を前提とする限り、同項でカバーされるものといえ、学説も同様の立場と考えられます(同書211頁参照)。
【4】「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」と規定する憲法20条1項後段や、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、……これを支出し、又はその利用に供してはならない」と規定する憲法89条前段については、宗教団体や宗教上の組織自身が国・自治体から直接支援を受ける場合ではないことから、基本的には特に問題にならないと考えられる。なお、仮に問題になる余地があるとしても、憲法20条3項違反が認められなければ、憲法20条1項後段違反や憲法89条前段違反も認められないという関係になると考えられることから、やはり、ハラル給食については、憲法20条3項に違反するかどうかを検討すればよいといえます。
【5】芦部・前掲注(2)171~172頁参照。
【6】津地鎮祭事件判決(前掲注(1))は、「政教分離原則を完全に貫こうとすれば、かえつて社会生活の各方面に不合理な事態を生ずることを免れないのであつて、例えば、特定宗教と関係のある私立学校に対し一般の私立学校と同様な助成をしたり、文化財である神社、寺院の建築物や仏像等の維持保存のため国が宗教団体に補助金を支出したりすることも疑問とされるに至り、それが許されないということになれば、そこには、宗教との関係があることによる不利益な取扱い、すなわち宗教による差別が生ずることになりかね……ないのである。」と述べています。
【7】憲法14条1項後段の「信条」が宗教上の信仰を含むものであることは明らかであると一般に理解されています(芦部・前掲注(2)142頁。)
【8】空知太神社事件判決・最大判平成22年1月20日民集64巻1号1頁。
【9】津地鎮祭事件判決(前掲注(1))などの判例も、「相当」な限度を超えるかどうかで政教分離原則違反について判断するとしています。
【10】津地鎮祭事件判決(前掲注(1))などの判例は「目的効果基準」を採用し、空知太神社事件判決(前掲注(7))などの判例は「総合判断」の基準を採用しています。なお、基本的には、後者の「総合判断」の基準の方が「より緩やかな判断基準」(長谷部恭男『憲法〔第8版〕』(新世社、2022年)204頁)だと考えられます。
【11】最判平成8年3月8日民集50巻3号469頁。
【12】横大道聡「中立的な法令の適用と信教の自由」同『憲法判例の射程〔第2版〕』(弘文堂、2020年)159~160頁参照。
【13】今日においては、目的効果基準ではなく、総合判断の基準で判断すべきであるという考え方もありうるでしょうが(長谷部・前掲注(8)204頁参照)、後者の基準の方が、普通は「より緩やかな判断基準」(同頁)すなわちより合憲となりやすい判断基準であることから、目的効果基準でも合憲だといえるときには、基本的には総合判断の基準を採っても合憲ということになると考えられます。
【取材協力弁護士】
平 裕介(たいら・ゆうすけ)弁護士
2008年弁護士登録(東京弁護士会)。主な業務は行政訴訟、憲法訴訟。行政法研究者でもあり、多数の論文等を公表。大学やロースクール(法科大学院)で行政法等の授業を担当(非常勤)。審査会の委員や顧問など、自治体の業務も担当する。
事務所名:AND綜合法律事務所
事務所URL:https://and-lawoffice.com/

