イギリスで書籍売上の6%はBookTok経由。日本で根づかないのはなぜ? 稲田豊史さんとの「読書離れ」トークで考えた3つのこと|エリー・ウォーノック

イギリスで書籍売上の6%はBookTok経由。日本で根づかないのはなぜ? 稲田豊史さんとの「読書離れ」トークで考えた3つのこと|エリー・ウォーノック

話題の新書『本を読めなくなった人たち』の著者、稲田豊史さんと、ロンドン在住のジャーナリストで、元ウォールストリートジャーナル東京支局特派員、エリー・ウォーノックさん(鈴木綾のペンネームで『いつか終わる恋愛の、人生への影響について』を7月上旬に発売)が「読書離れ」をめぐる現象についてトークイベントを開催しました。登壇したウォーノックさんが、その模様を振り返ります。

知的危機で片づけない稲田さんに取材を申し込んだ

私が住むイギリスでは、本をよく読む人の割合は50%しかない(BIG ISSUEの記事)。子供に目を向ければ、毎日何かを読む割合は、この20年でなんと38.1%から20%に減少している(National Literacy Trustの記事)。文筆家として、そして筋金入りの本好きとして、こうした数字に不安を覚えずにはいられない。

自分の日常でも、この「読書離れ」をひしひしと感じる。スマホやパソコンに向かう時間が長くなり、長い文章を読むための集中力は、もうない。大学の図書館で何時間も哲学書を読んでいた頃とは、別人のよう。考える力が落ちているのではないか。

こうした問いに答えようとする英語圏の文章は、たいてい同じ場所に着地する。私たちの集中力が壊れた、私たちが弱くなった、と。しかし、今年のはじめに見た稲田豊史さんのインタビューは、そういった結論とは、まったく違うものだった。

稲田さんは『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』(中公新書ラクレ)を今年2月に刊行した。同書は大学生への丹念な取材にもとづいている。長い文章を読まない人は知的能力が低いとか、怠けているとか、そう考えるのは間違いだ、と稲田さんは言う。長い文章を人が読まなくなったのは、効率性を最優先する社会に適応した結果だ。同じ情報が5分の動画からも200ページの本からも得られるのなら、コスパとタイパの面から動画を選ぶ人は合理的な判断をしている——稲田さんはそう説明する。


読書離れが知的危機とされている英語圏の方々にそんな視点をぜひ届けたいと思い、取材をお願いすると、稲田さんはすぐに応じてくれた。私のニュースレターを読んでいるのは、マーケティング、広報、研究、報道など、文章で生計を立てている人たちだ。本の主張そのものより、稲田さんの取材の仕方——人に会い、話を聞き、検索しても出てこない言葉を引き出すこと——から書き手が何を持ち帰れるか、それを伝えたかった。


     
そして7月29日には、幻冬舎で開かれたトークイベント「本が読まれないのは日本だけ?~読書と文章をめぐる欧米との比較~」で、読書のあり方や出版のこれからについて、直接話しをする機会を得た。

イベントでは、オーディオブックのこと、英語圏でのBookTokの隆盛、そして私たち書き手に求められる変化——動画に出ること、ビジネスパーソンに向けて話すこと、「文章がうまい人」以外の何かであること——について話した。本に関心のある方、あるいは私たちのコミュニケーションのあり方に関心のある方は、ぜひ全編をご覧ください。アーカイブをご購入いただけます(アーカイブの詳細・購入)。

稲田さんとの話では、なかでも、3つのことが心に残った。

なぜ日本にはBookTokがないのか

読書離れが進んでいる英語圏では、本の売り上げを支え、そしてさらに新しい読者を生んでいるのはTikTokのハッシュタグBookTok。コロナ禍で人気が高まり、読者が気軽に自分の感想をシェアできるコミュニティとなった。『コーヒーが冷めないうちに』が英語圏でベストセラーになったのはBookTokがあったからだし、イギリスでの去年の書籍売り上げの6%は BookTok経由だと言われている(BBCの記事)。

私は「日本ではTikTokよりXのほうがずっと強いから」という、きれいな説明を用意して対談に臨んだ。しかし、稲田さんの仮説のほうが、ずっとおもしろいものだった。日本では、漫画やゲームやアニメの感想が、すでにBookTokの役割を果たしている。それらは、普通の人が「自分がおすすめしてもいいものだ」と感じられる文化なのだ、と。

BookTokに投稿するハードルが低いのは、フォーマットが単純だから。『コーヒーが冷めないうちに』の投稿の多くは、コーヒーを飲みながら本を持っているだけの動画だった。一方、日本の「読書アカウント」には、もっと高い期待がかかる。読書を始めたばかりの人にとって、そのハードルはずいぶん高く感じられるだろう。文学について何か言うのなら、賢くて考え抜かれた意見でなければならない、という圧力があるように思う。

あまり語られない、文学のジェンダーギャップ

それから、会場のみなさんに持ち帰って考えてもらいたかったことのひとつが、文学におけるジェンダーギャップのこと。アメリカでは1970年代以降、女性が書いた本の数が着実に増え、2020年にはじめて新刊全体の過半数を占めた(NPRの記事)。しかし読者のほうは、それに追いついていない。ある調査によると(The Guardianの記事)、英語圏のベストセラー女性作家の上位10人において、読者の81%が女性で、男性はわずか19%。男性作家のベストセラーでは、その比率はずっと均等で、女性45%に対して男性55%。女性は、男性の本も女性の本も読む。男性については、同じことが言えない。

男性読者は、女性の視点を取り逃しているのではないか。これは趣味の問題というより、マーケティングの問題ではないか。男性読者を想定して売られていない本は、そもそも彼らの視野に入らない。もちろん、女性の書いたものを軽く見る意識が先にあって、売り方がそれに合わせているだけ、という見方もできる。ただ、どちらが先かはともかく、本が男性に届いていないという事実は変わらない。BookTokで売れている作家のほとんどは女性。だから男性がますますその棚に近づかない。

明確な答えは持っていない。ただ、ジェンダーによって分断されていく文学世界のなかで生きたいとは思わないし、すべての書き手と出版社が、もっと注意を払うべき傾向だと思う。

いま、本を売るために必要なこと

最後に、いま作家として成功するには何が必要なのか、という話をした。それは何よりもまず「文章がうまいこと」ではない。動画に出ること、イベントに出ること、そしてビジネスパーソンに向けて話すことです。稲田さんは、本の宣伝でさまざまなメディアの取材を受けたなかで、はっきりと売上につながったのは動画だけだった、と話した。かくいう私も、稲田さんを知ったのは『PIVOT』の動画がきっかけだった。

そして、いま売れる本は「読者のせいにしない本」だとも稲田さんは言っていた。スマホ依存や読書離れを、個人の選択の積み重ねとしてではなく、外部の力によってかたちづくられた社会現象として語る本。「みんなが安心して納得できる本ばかり。やっぱりお金を出してまで責められたくない」。

出版される本、私たちが読む本は、社会と私たちの世界の見方をかたちづくる。出版されるものが私たちをかたちづくる。その出版されるものは、私たちが何にお金を払うかによってかたちづくる。

ひとつのアイデアが動画からテキストへ、テキストから動画へと、さまざまな形式を行き来できるようになったのは、良いことだと思う。それでも本は、ひとつの考えを深く掘り下げるための、いまなお重要な形式です。稲田さんの言うとおり、私たちは「お金を出してまで責められたくない」のかもしれない。それでも、責められるために本を買うことには意味がある——私はそう思っている。
 

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配信元: 幻冬舎plus

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