コーヒーで旅する日本/関西編|代替わりで心機一転。時代と共に進化を続ける、喫茶店ならではの憩いの提案。「喫茶ピュア」

コーヒーで旅する日本/関西編|代替わりで心機一転。時代と共に進化を続ける、喫茶店ならではの憩いの提案。「喫茶ピュア」

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
かつてはランチ目当ての男性客が占めたが、近年は女性や家族連れの姿が増えている
かつてはランチ目当ての男性客が占めたが、近年は女性や家族連れの姿が増えている


関西編の第111回は、和歌山市の「喫茶ピュア」。地元のおでかけスポットとして親しまれる「和歌山県立紀伊風土記の丘」の側に立つ店は、店主・松本さんの両親が始めた、コーラとホットドッグの屋台が原点だ。松本さんは店を継ぐとともに、長年親しまれてきた雰囲気はそのままに、自家焙煎を始めコーヒーの味わいを一新。人気のランチやフードメニューも改良を重ね、今年からベーカリーも新設するなど、創業50年を超える老舗に新たな楽しみを充実させてきた。近年は、和歌山の若手ロースターとの交流も広げつつ、時代を越えて喫茶店ならではの魅力を継承。今なお、地元で厚い支持を得る一軒だ。
店主の松本さん
店主の松本さん


Profile|松本雅之(まつもとまさゆき)
1977年(昭和52年)、和歌山市生まれ。高校時代に興味を持った音楽の世界に傾倒し、仕事の傍ら世界各国の音楽のルーツを訪ね歩く。27歳で2代目店主として家業を継ぎ、2018年頃から自家焙煎をスタート。コーヒーとともにフードやデザートの見直しも進め、メニューをリニューアル。2024年にパン工房を新設、2025年に焙煎機喫をサイズアップするなど店の改良を続けながら、老舗喫茶店ならではの魅力を受け継いでいる。

■始まりはホットドッグの屋台から
屋根のロゴデザインが目を引く店構え
屋根のロゴデザインが目を引く店構え

和歌山市の特別史跡、岩橋千塚古墳を含む丘陵地を活かした博物館・風土記の丘。1971年の開園に合わせて、施設の入口近くに構えた屋台のような店が「喫茶ピュア」の原点。「風土記の丘ができたとき、父母が現在の店の前に小屋を建てて、訪れるお客さんにコーラとホットドッグを売り出したのが始まりなんです」という、2代目店主の松本さん。創業当初から、今も店に立ち続ける先代のお母さんは、当時をこう振り返る。

「その頃は、周りは田んぼばかりで、店先の道路もまだなかったですね。かつては小学校の遠足などでバスがたくさんやって来て、ガイドさんが立ち寄ってくれました。ただ、施設の見学中の待ち時間が長くて、座って休憩できる場が欲しいという声を受けて、簡易な喫茶店を立ち上げたら、めちゃくちゃ忙しくなって。1年半ほどで今の店を建てて、私と妹が住み込みで店を切り盛りしていました」
増設された奥のフロアには、18人まで入れる会議室(要予約)も併設
増設された奥のフロアには、18人まで入れる会議室(要予約)も併設


当時は早朝5時から22時まで営業。数年後には増築してフロアは倍以上になり、フードメニューを充実したことで、施設の来訪客のみならず、地元の人々からも支持を得ていった。その間、松本さんは、高校時代に興味を持った音楽の世界に傾倒し、家業の手伝いや飲食店の仕事に就きながら、さまざまな音楽のルーツを体感すべく、働いて資金を貯めては世界各国を巡っていた。ただ、潮目が大きく変わったのは松本さんが27歳の頃。界隈にコンビニが増え始めたことで、家業に対する危機感を抱いた。

「店は忙しかったけど、お客さんが来る勢いは目に見えて落ちてきていた。当時は今よりメニューが多く、冷凍や出来合いも使っていたが、コンビニに対抗するためには、メニューを自家製にすべきと感じたんです」。そこから、2代目として家業の仕事に本腰を入れ出した松本さん。料理の専門学校にも通い、先代の父親とともに店に立ち仕事を覚えた。さらに5年後、先代亡きあとはメニューを見直し、自家栽培の米作りにも携わるなど、喫茶店ならではのよさを打ち出そうと模索し始める。その中で、喫茶店の看板でもあるコーヒーも変化を余儀なくされる。きっかけは、お客からの苦言だった。
2025年に新たにディードリッヒの焙煎機を導入。右は最初に導入したフジローヤル1キロ窯
2025年に新たにディードリッヒの焙煎機を導入。右は最初に導入したフジローヤル1キロ窯


「あの頃はランチに100円でコーヒーを付けていましたが、おまけみたいなもので、お客さんも食後の口直し、気付けくらいの感覚でした。保温して長時間置いていたから劣化していたときもあったはず。店としては、それでいいと思ってましたが、あるとき、常連さんに呼ばれて、“このコーヒーどう思ってる? これは出せるレベルちゃうで”と言われて。普段、何も言われなかったけど、思うところあったんですね。たまたま、伝えてくれたから気づけた。今思えば、厳しく教えてくれたのはありがたいこと」と振り返る。この頃、スペシャルティコーヒーも広まりはじめ、お客の味覚も徐々に変わり始めるなかで、松本さんも心機一転、2018年頃からコーヒーの自家焙煎に着手する。
豆はブレンド1種、シングルオリジン6種をそろえる
豆はブレンド1種、シングルオリジン6種をそろえる


■お客の苦言を機に自家焙煎をとことん追求
焙煎の進行を確かめるため、ラップの芯を使って釜の中の音を聞く裏技も考案
焙煎の進行を確かめるため、ラップの芯を使って釜の中の音を聞く裏技も考案

そこからの松本さんの行動は速かった。当時スタッフだった、茶豆の店主・石井さんとともに、厨房のコンロで手網焙煎を数回試して、すぐに手回しの焙煎機を導入。半年ほど続けていたが、「店では1日に1キロの豆を使うから、到底追いつかない。ほかの仕込みも多いから体が持たない。それでも、最初は旨いコーヒーを作ろうというやる気に満ちていた」と、1年経たずして、1キロの業務用焙煎機を設置する。とはいえ、焙煎については全くゼロからのスタート。「やるならば自分の味を作りたいと思ったけど、当時は正解がわからんかった」と苦心するなかで、コーヒーと名のつくあらゆるセミナー・イベントに足を運び、コーヒー関連の本を片っ端から買い漁り、定休日にはコーヒー店巡りに出かけ、各地のロースターに話を聞きに回った。
自家焙煎をはじめてから、改良を重ねた中深煎りのピュアブレンド500円
自家焙煎をはじめてから、改良を重ねた中深煎りのピュアブレンド500円


まさに手探りで焙煎を続けるなか、何とか道が開けたのは、本連載にも登場した奈良のK COFFEE店主・森さんとの出会いが大きかったという。「イベントで初めて飲んだコーヒーがとにかく衝撃的で。今まで飲んできたものより、味の情報量が圧倒的に多かった。すぐに森さんに連絡を取って、教えてもらった焙煎のやり方が、今までと全く違った。まさに目から鱗で、今の自分の焙煎のすべての土台になりました」

新たになった看板のピュアブレンドは、ブラジル、コロンビア、グアテマラ、エチオピアの4種をあわせた中深煎りでスタート。当初は、お客の嗜好に合わせて、今まで仕入れていた豆をイメージしていたが、徐々に焙煎度は中煎りにシフト。現在は豆の配合も、ブラジル、コロンビア、マンデリンに変えて、より飲みやすさを追求したブレンドに進化している。
「深煎りのほっとする味わいが、コーヒーを好きになる入口になれば」と松本さん
「深煎りのほっとする味わいが、コーヒーを好きになる入口になれば」と松本さん


それでも、すべてが独学ゆえに、「コーヒーに関してはずーっと悩んでます(笑)。抽出も焙煎も、迷っていないときはないくらい」と、今も試行錯誤は続いているが、その積み重ねのなかから、店の方向性も見えてきたという。「やっていくうちに、浅煎りの酸味を打ち出したコーヒーは、うちには合わないなと思った。今は若い世代のお店も増えて、スペシャルティの個性的な風味を打ち出しているから、逆にうちはほっとする深煎り系で、万人受けする味でコーヒー好きになる入口を目指そうと。もっといろいろ飲みたいという方には、ほかのお店を紹介しています(笑)」
1斤の1/3をくりぬいた、ハニートースト900円。自家製食パンのふわもち食感が好評
1斤の1/3をくりぬいた、ハニートースト900円。自家製食パンのふわもち食感が好評


■変化しながらも喫茶店ならではの味を継承
1斤の1/3をくりぬいた、ハニートースト900円。自家製食パンのふわもち食感が好評
1斤の1/3をくりぬいた、ハニートースト900円。自家製食パンのふわもち食感が好評

近年は、和歌山の若手ロースターが開く焙煎の勉強会にも参加しているが、あくまで喫茶店の味を志向して、一線引いたスタンスを心掛けているとか。「カッピングの感覚に慣れると、お客さんとの味覚のギャップが開くような気がして。勉強会では、どうしても浅煎りに引っ張られてしまうが、自店のお客が求めてるものとはズレがある。趣味として、こういう世界もあると知っておくレベルにとどめている。そう割り切って考えたら楽になった」

コーヒーのクオリティの底上げによって、新たなファンも広げている「喫茶ピュア」だが、老舗の人気を支える大きな柱は、今も充実したフードメニューにある。ドライカレーを卵で巻いたピュアライス、ライスが焼き飯になった焼きカレーなど、和歌山の喫茶店独特の名物に加え、ドライカレーを熱々の鉄板で供するコロンボライス、イノシシの生姜焼きなどジビエを使った定食など新趣向も創り出した。さらに2024年からはパン工房も新設。モーニングやサンドイッチに用いる食パンをメインに、週3回販売するパンの種類も増やしつつある。
メニューにも使う食パンや菓子パンなど、自家製パンは週3、4回販売
メニューにも使う食パンや菓子パンなど、自家製パンは週3、4回販売


以前よりメニューの数を絞って自家製に置き換え、自家焙煎コーヒー、手作りのパンにいたるまで、次々に改良を重ねてきた松本さん。「昔は、ボリュームを求める男性客がほとんどだったけど、最近は女性や子ども連れの家族が多くなっています」と店の変化とともに客層も目に見えて変わってきた。2025年には、新たにサイズアップした焙煎機も導入。20年前の機体を譲り受けたもので、計器類に頼らず、焙煎のプロセスは今もアナログ。「ハゼの音、豆の色の変化を見ながら、ストップウォッチの計測で時間を記録。今の人から見たら怒られるかもしれんけど、これが性に合ってるから」と笑う。

実は、子どもの頃は、家業で店をしていることに気恥ずかしさを覚えたこともあったそうだが、先代が病に倒れてから自身が継ぐことを自覚したという松本さん。「最初は店の仕事はあまり好きでなかったが、上達していくとやりがいが出てくる。自分のオリジナルにしていくという過程で好きになっていった感覚。今は、常に手を動かしてないと逆に調子がおかしくなる(笑)」。喫茶店ならではの魅力を残しつつ、時代を越えて変化を重ねたことで、今なお厚い支持を得る一軒だ。
建物の意匠やインテリアなどは、創業者のアイデアが活かされている
建物の意匠やインテリアなどは、創業者のアイデアが活かされている


■松本さんレコメンドのコーヒーショップは「とびだす焙煎所」
次回、紹介するのは、和歌山市の「とびだす焙煎所」。「地元の焙煎卸の老舗・和歌山ダートコーヒーの、新たな直営店として話題の一軒。和歌山で初めてローリング・スマートロースターを導入するなど、老舗の思い切った試みが注目を集めています。コーヒーの焙煎を担う工場長の岩橋さんとは、ロースターの勉強会などでよく一緒になりますが。カッピングで嗜好が重なることが多く、個人的には岩橋さんの焙煎するコーヒーが一番、自分の好みに合いますね(笑)」(松本さん)

【喫茶ピュアのコーヒーデータ】
●焙煎機/ディードリッヒ 2.5キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(フラワードリッパー)
●焙煎度合い/中~深煎り
●テイクアウト/ あり(500円~)
●豆の販売/ブレンド1種、シングルオリジン6種、100グラム850円

取材・文=田中慶一
撮影=直江泰治

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配信元: Walkerplus

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