どうして、死について話すと、いやな気分になるの?
マイケルより

イラスト:アンドレア・アンティノーリ
マイケルさんへ
むずかしい質問を、さらりとしてくれて、ありがとう! たしかにそうですよね。死について、ノリノリで話してくる人なんて、あまりいないでしょうから。そんな人、身近にいる?
現実問題として、死について、だれかと話すということは、かんたんなことではありません。それを話すことによって、不安やいたみ、恐怖や悲しみなどを感じてしまうかもしれないから。だとしたら、だれが、すすんで、そんな話をするでしょう。だれもしないわ。そうおもわない?
でも、もし、わたしたちが死の話をさけずに、ちゃんとむきあうことができたら、その不安やいたみ、恐怖や悲しみをのりこえるのに大いに役立ちます。なぜなら、死について冷静に話し合うことは、それをよりよく理解し、たがいの不安を分かち合い、好奇心を育むことにつながるからです。
想像してみて。死について話し合うということは、死は人生の一部なんだとかんがえることであり、自分のお葬式は、どうしたいかを相談することでもあります。また、大すきな人が亡くなったとき、どんな気持ちになるかを感じることでもあり、もし、あの人が亡くなってしまったら、あの人のこんなところを、おぼえておこうと確認することでもあり、はたまた、自分が死んだときには、自分のどんなところを、みんなにおぼえておいてもらいたいかを、肩ひじはることなく、自然につたえられる機会でもあるのです。
でも、そうはいっても、マイケルさんがいうように、死について話し合うって、やっぱりタブーな気がしますよね。どうして、そうなっちゃうんだろう? きっと、そんな話をすると、自分はいつ死ぬんだろうっておもっちゃって、こわくなるからかな? 大すきな人も、いつか死ぬんだっておもっちゃって、苦しくなるからかな? 死についてかんがえないで、死なんてないんだとおもいこんで、少しでも、その不安をやわらげようとしたくなるからかな?
「死? なに、それ?」みたいに、死について話し合わなければ、それって消えてなくなる? 反対に、そんなことを話し合っちゃったら、ほんとうに、だれかが死んじゃうとか? まさか!
これを書いたわたしたちは、この本をきっかけに、ひとりでも多くの人が、死をふつうのこととして話し合えるようになってほしいとねがっています。マイケルさん、どう? やれそう?
これだけは、はっきりいえるわ!
死について話し合ったからといって、死ぬわけではない!
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続きはぜひ書籍でご覧ください。
死って、なんだろう?: 子どもたちからの38の質問
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※本記事は、『死って、なんだろう?: 子どもたちからの38の質問』<作:エレン・ダシー、アンナ・フアン・カンタベッラ 絵:アンドレア・アンティノーリ 訳:小宮 由/創元社>より抜粋・再編集して作成しました。
