「妊娠したら妻は離婚に応じるから大丈夫」──。
そんな言葉を信じ、避妊をしないまま関係を持ったという20代女性が、弁護士ドットコムに相談を寄せました。
相手は会社の上司で、50代の既婚者。女性は当初、避妊しないことに反対していましたが、「100%離婚する」「妻も了承している」と繰り返し説明されたため応じたといいます。
しかし後になって男性は、「離婚する覚悟を決めるため、あなたを妊娠させたかった」と本当の理由を告白。女性は強い精神的ショックを受け、緊急避妊薬を服用したといいます。
こうした虚偽の説明によって肉体関係を持つことに同意させられた場合、女性は上司に対し、慰謝料を請求できるのでしょうか。男女トラブルにくわしい澤藤亮介弁護士に聞きました。
●上司に貞操権侵害で慰謝料請求できるか
──女性は上司に貞操権侵害があったとして、慰謝料請求できるのでしょうか。
この女性のように、相手が既婚者であることを知った上で関係を持った場合、女性の側も不倫関係に自ら関与したことになるため、原則としては、慰謝料の請求は容易ではないと言えます。
しかし、判例上、女性が関係に応じた動機が主として男性の虚偽の説明(詐言)を信じたことによるものであり、男性側の違法性が女性側のそれと比べて著しく大きいと評価できる場合には、女性からの慰謝料請求が認められるとされています(最高裁昭和44年9月26日判決)。
今回のケースでは、「100%離婚する」「妻も了承している」といった説明が繰り返されており、これらが虚偽であったとすれば、その欺罔(だますこと)の程度は軽いものではありません。
さらに、当初反対していた避妊なしの関係に虚偽の説明で応じさせた点は、女性の性的な自己決定権の侵害として重く評価され得ますし、断りにくい上司と部下という関係性も、男性側の違法性を大きくする方向に働き得ると考えられます。
この点、「離婚する覚悟を決めるため、あなたを妊娠させたかった」との男性の告白は、仮に裁判になった際には、男性の欺罔行為や違法性の強さを裏付ける重要な事実関係になるかと思われますので、もしメールやLINEでのやりとりが残っている場合には必ず保存しておくべきデータと言えます。
ですので、本件では貞操権侵害を理由とする慰謝料請求が認められる余地は十分にあるように思われますが、最終的な結論は、説明を信じた経緯や関係の実態など、事案ごとの個別事情に左右されることになるでしょう。
●上司の妻から慰謝料請求される可能性も
──女性が上司の妻から慰謝料請求される可能性はありますか。
既婚者と知りながら関係を持った女性は、妻から慰謝料を請求される可能性があると言えます。
この点、女性としては「妻も離婚を了承している」と説明されていたため、夫婦関係はすでに壊れていると信じていた、という反論が考えられます。
確かに、婚姻関係がすでに破綻した後の関係であれば、慰謝料責任が否定される余地はありますが、単に相手の言葉を信じていたというだけでは足りず、そのように信じたことに相当な理由まで求められる傾向にあるため、責任を完全に免れるハードルは決して低くないかと思われます。
実際、私がこれまで担当してきた似たような事件での経験からも、裁判所は容易にこのような反論を全面的に認めて、慰謝料の支払い義務を免除することはないというのが実感です。
もっとも、上司の虚偽の説明に騙されて関係に至ったという経緯は、慰謝料の金額を算定する上で、女性に有利な事情として考慮される可能性があります。
また、仮に妻への支払いを余儀なくされた場合でも、前述の貞操権侵害を理由とする慰謝料請求などを通じて、最終的な負担の調整を上司に求めていくことは考えられます。いずれにしても、説明が虚偽であったことを示すやり取りの記録などの確保が重要と言えるでしょう。
【取材協力弁護士】
澤藤 亮介(さわふじ・りょうすけ)弁護士
東京弁護士会所属。2003年弁護士登録。2010年に新宿(東京)キーウェスト法律事務所を設立後、離婚、男女問題、相続などを中心に取り扱い、2024年2月から現在の法律事務所でパートナー弁護士として勤務。自身がApple製品全般を好きなこともあり、ITをフル活用し業務の効率化を図っている。日経BP社『iPadで行こう!』などにも寄稿。ご相談のご予約は、web上のカレンダーで空き状況をご確認いただきつつweb上で完結することができます。
事務所名:向陽法律事務所
事務所URL:https://www.keywest-law.com

