本コーナーで展開されていた、作家・宮田珠己さんの人気連載『衰えません、死ぬまでは。』が書籍化されました。
頑張ってジムに行ったけど、「さっぱり楽しくない。 なんでこんなことしなくちゃいけないのか。」と、早速愚痴。これって、筋トレ苦手な人にとっては味方が出来て心強い、”ヘタレ”表明!?
本文より試し読みでお楽しみください。
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第4話 敵は内臓脂肪にあり
いよいよ私は、ジムに通い始めた。
体力というか、内なる活力、つまりは底力を取り戻し、このところ下がってきた気がする運気を上げるのが目的である。
ジムなんぞに通うのは約30年ぶりで、もはやジムがどんなところであったか思い出せなかった。もちろんいろいろなウエイトトレーニング用のマシンが置いてある施設であることはわかっているが、空気というか、雰囲気というか、客層というか、どういう態度で入って行けばいいのか、そのへんが思い出せない。
ボディビルダーのような人が多いのだろうか。筋骨隆々としたムキムキマンに、貧相な肉体の人間が交じると、どのような扱いを受けるのだろう。蔑みのこもった目で見られたりすることはないだろうか。まあ、そんなことはないと思うが、私自身が、周囲の肉体と己のそれとを見比べて、勝手に劣等感や引け目を感じ、独自に落ち込むことはあるかもしれない。
そこは今後の自分の成長を信じ、強い心で立ち向かうしかない。
と意を決してトレーニングルームに入っていくと、いたのは半分ぐらい老人であった。
意表!
私のほうがまだ頑丈な感じがするぞ。
よくよく見れば、若い人もいたし、そこそこマッチョな人もいたが、ボディビルダーみたいな超人はひとりもいない。
このなかでは、私は平均よりやや下の年齢で、かつ特別貧相にも見えない体格であるように思えた。
おかげで私はすっかり心くつろげたかというと、そううまくはいかなかった。予想もしなかった陥穽(かんせい)が待ち受けていた。
私だけジャージだったのである。
(写真:宮田珠己)
他のみんなは、ほとんどの人がタイツを穿いていた。少なくとも熟年以上の男女は、脚にぴったりとはりつくようなタイツを穿いており、ジャージを穿いて下半身がダブついてる人はいなかった。
もちろんジャージだからといって誰かに蔑む目で見られたりはしなかったけれども、体感として40%ぐらい場違いな感じがあった。決してダメというわけではない。スタッフに咎められることもない。けれど、なんか周回遅れ感みたいなものがひしひしと感じられる。
運動するときって、基本ジャージじゃなかったっけ?
たぶんこれがスポーツの大会であれば、ジャージでもおかしくない気がする。試合前に脚が冷えるのを防ぐため、ジャージを着て待機するのは定石だ。しかしここはトレーニングの場であり、体を動かすたびにワサワサするダブついた服は適していないのかもしれない。
ジムに暗黙のドレスコードがあったとは不覚であった。
私は、葬式に黒の喪服でなく濃紺のスーツで来てしまった(でもネクタイはちゃんと黒だからギリギリセーフな)若手サラリーマンぐらいの微妙なラインの悲しみに襲われた。 さらに、いかにも私が慣れていないとわかる印は他にもあった。みんな水とタオルを持参していたのだ。
聞いてないよ~と言いたくなったが、そのぐらい思いつくべきだった。何も想像していなかった。
なんかさっそく居心地がよくない。よくないが、ここでいったん出直そうなどと考えたら、この日はもう家に引きこもって、あらためて出て来ないのは目に見えている。このままやるしかない。
そうしてスタッフに説明を聞いたあと、さっそくマシンに取り掛かったのは前回書いた通りだ。
体を横にひねってお腹まわりの筋肉を鍛えるトルソーローテーションというマシンに目を付け、それを重点的にやった。
トルソーローテーションが終わると、引き続き空いているマシンをやる。
本来ならば、あらかじめ体の鍛えたい部位を決め、それに合わせたマシン構成を考えるべきなのだろうが、とくにどこを鍛えたいというほどの考えもなく、運気を上げたいだけなので、何だっていい。マシンに偏りがあっても、何度も通っているうちに平均化され、まんべんなく鍛えられるだろう。
むしろ次はこのマシンをやろうなどと計画すると、それを誰かが使っていた場合、終わるのを待つことになり、大変危険である。
待っている間に、やる気をなくす可能性がある。
もともと好きで来ているわけではないので、心を無にして、機械のように必要最低限の作業をこなし、辛いとか楽しくないとか思い始める前に、すべてを終えてしまうべきだ。
いわゆる小学生が予防注射を受けるときの攻略法である。 痛いかなあ、怖いなあ、とか想像するから、どんどん怖くなるので、一切何も考えず、無の境地で淡々とそのときを迎える作戦。
待つことで、私に考える隙を与えてはいけない。我に返ったら終わりだ。
なので、むらがあろうが、偏りがあろうが、空いているマシンを見つけては考える暇を与えないようにして取り組んだ。
当初は貧弱な筋肉のせいでろくにできないのではないかと予想していたが、初心者向けの印がついたウエイトで試すと、たいていのマシンは軽くやることができた。それでは効果が見込めないので、2段階程度重くしてちょうどいいぐらいである。
案外やれるではないか。
おかげでちょっと自信が戻ってきた(ジャージ以外)。
あるいはこういう目印は初心者に自信を失わせないよう低めに設定してあるのかもしれない。もしくは利用者の年齢層を老人に想定しているのか。
と思ったら、アームカールという、両腕で力こぶをつくるようにバーを持ち上げるマシンの初心者レベルを、3回しか上げられなかった。なぜこのマシンだけ上がらない。私の力こぶがヨワヨワなのだろうか。悔しいので、これは今後の課題として覚えておく。
そうやって7つか8つのマシンをそれぞれ10回ぐらいずつやったところで、そろそろ帰りたくなってきた。
思った通りである。
いや、思っていたより少し早い。
まだ45分しか経っていない。1時間半ぐらいはやろうと思っていたが、その半分で我に返ってしまった。
さっぱり楽しくない。
なんで、こんなことしなくちゃいけないのか。
(写真:宮田珠己)
以前仕事で筋トレの専門誌を読んだことがあった。
その際に不思議だったのは、記事がどれもこれもうれしそうだったことだ。なんというか、筋トレがしたい、したくてたまらない気持ちがあふれており、そこには筋トレは楽しいものという前提があるようだった。
わざわざ雑誌を買う読者向けに書かれた記事だから、当然といえば当然だ。それは趣味なのであり、趣味の雑誌に苦しいとか辛いとか書いてあるはずがない。
なので私の感想が筋違いなのは承知しているが、筋トレが趣味という人がいること自体信じられないのであった。
虚しさが心に広がる。
こんなことをしないと人生は盛り上がらないのだろうか。
もういい歳なんだから、できれば楽しいことばっかりして生きていきたいではないか。なんでこんな辛い時間を過ごさないといけないのか。
心の中で嘆きつつ、壁にとまった蛾(が)のようにじっとしていると、ふとそばにある体重計が目にとまった。
そうだ、体脂肪率を測ろう。
なんでもそれは体脂肪率も内臓脂肪も測れる体重計だそうで、スタッフに言えば計測してくれるという。あらかじめそれらを計測しておき、エクササイズが進むにつれ、だんだん変化していけば、やる気も出るのではないか。
脂肪を減らすのはなかなか大変だそうだが、とにかくこれから本格的にエクササイズをしていく前に、ビフォーアフターのビフォーを計測しておくのは大事だ。
というわけでスタッフに頼んで、調べてもらった。
結果はこうだった。
身長 173・5センチ体重 63・0キロ体脂肪量 9・7キロ体脂肪率 15・4%
BMI 20・9
総合評価は「適正」ということだった。
学生時代にくらべて身長が縮んでいたのはショックだが、これらの数字から見る限り、私はダイエットの必要もない、標準的な体形のように見える。
備考欄に、適正体重は65・2キロとあり、私はあと2・2キロ太ったほうがいいとも書いてあったから、ダイエットに苦労している人から見れば、ぜいたくな体と言えるかもしれない。
だが、問題は内臓脂肪である。
以前、健康診断で腹部エコー検査を受けたとき、医師に内臓脂肪が付き過ぎていると言われたのだ。
今回の測定で、私の内臓脂肪レベルは9・6とあった。単位が書いていないうえ、標準値の記載もないから、これだけではどう判断していいかわからない。
ただVSRという数字が出ていて、これが2・8と鬼のように高い。標準は0・4なのだそうだ。
このVSRが何かというと、内臓脂肪皮下脂肪のことで、皮下脂肪に比べて内臓脂肪がどのぐらいあるかという相対的な数値である。つまり私は内臓脂肪が多いうえに、皮下脂肪が少ないから、こんな大きな数値になってしまったらしい。
道理で、海に入るとすぐ寒くなると思った。
私の趣味はシュノーケリングであり、できるだけ海に長く入っていたいのだが、海に行くと、ウェットスーツを着ていても人より早く寒くなってしまうのだ。
さらに体の部位別の筋肉の付き具合を示す図があり、それによると私は足の筋肉が多く、上半身の筋肉が少ないことが見てとれた。散歩ばかりしているからだろう。
まとめると、私は内臓脂肪を減らし、皮下脂肪は増やし、上半身の筋肉をつける必要がある。
上半身の筋肉をつけるのは、今後エクササイズを続けるとして、内臓脂肪を減らすにはどうすればいいか。叶うなら内臓脂肪を皮下脂肪にチェンジしてほしいが、そういうエクササイズ方法はあるのだろうか。
ネットで検索してみると、筋トレだけでは内臓脂肪は落ちにくいと書いてあった。
内臓脂肪を落とすには、食事内容の見直しと、有酸素運動が有効とのこと。
んんん、有酸素運動……。ジムで言えば、ランニングマシンや自転車漕(こ)ぎマシンをやれということだろう。
ジムに来た瞬間に、あれだけはやりたくないと思ったマシンたちだ。
だってしんどそうではないか。
以前からランニングマシンをやる人間の気が知れなかった。しんどいだけでなく、景色も変化がなく、退屈過ぎてイライラするだけじゃないか。
その意味では散歩のほうがいい。だが、散歩ならかなりやっているのである。やっているのに内臓脂肪がたっぷりついている。
ということは食事が鍵なのかもしれない。私は甘いものが好きだし、白ごはんも好きだし、サラダが嫌いだし、早食いだ。なかでもチョコが大好物で、毎日何かしらチョコ味のものを食べている。最近はカカオ72%の糖質少なめのものを選んでいるけれども、その程度ではまだ足りないのかもしれない。ここは改善が必要だろう。
ということで、今後私がやるべきは、
・上半身の筋トレ
・有酸素運動
・食事の内容を見直す
の3点であることがはっきりした。
徐々に立ち向かっていく所存である。今日はもう帰るけど。

