奇蹟と呼ばれるものは、たぶん - THE BOOM『真夏の奇蹟』|カワムラユキ

奇蹟と呼ばれるものは、たぶん - THE BOOM『真夏の奇蹟』|カワムラユキ

誰かを待つ時間、その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに、そんな「待つ時間」をテーマにして選曲&言葉を綴っていただきます。

 

 

真夏の渋谷は、巨大な幻覚に近い

 

照り返す舗道は淡く白く眩しく、ビルの隙間から落ちてくる光は、午後というタイムゾーンを過剰に鮮明にして

 

人々は影を連れて歩き、冷房の効いた建物へ逃げ込み、また熱気の最中へ戻ってゆく

その繰り返しが、夏という季節の奇妙なリズムを形づくってゆく

 

南国のリズムがスクリーンから流れれば、時間の表面がふいに薄く霞んで、君と僕は相槌をうつ間もなく、左右にゆらゆらと揺れ始める

 

真夏の一瞬

汗ばんだ指先

遠くで揺れる木々

突然の夕立

誰かの笑い声

 

ほんの些細な出来事が、胸に焼きついて離れない

夏の残酷さを身に纏いながら、約束に向けて交差点を渡る

 

無数の人影が光の片隅で溶けて

昨日まで知らなかった感性とすれ違い

もう二度と会わない契りを交わしながら

偶然の真ん中に人生は、無防備な美しさを隠す

 

奇蹟と呼ばれるものは、たぶん特別な出来事ではない

何気ない優しい午後が、戻れない時間だったと気がつくこと

 

瞬間は軽々と記憶を跨いで、あらゆる感動が最後になることを誰も知らない

 

過ぎ去った記憶は、時間が経つほど美しくなる

失われたものだけが、光を集めることが出来る

 

白かった光は金色になり、やがて紫の渦に沈んで

ビルの窓に映る空は、遠い海の底のよう

 

二度と同じ瞬間には戻れないという、甘く静かな痛みに射抜かれながら、熱を残した舗道を歩く

 

人生には、何度か真夏がある

それは季節ではなく、心が最も強く光を受けた時間のこと

 

そして奇蹟とは、その時間が過ぎ去ったあとも、胸のどこかでまだ光っていることなのかもしれない

 

渋谷の夜は何もなかったように明滅しているけど、君は知っている

 

今日という日は、いつか必ず戻れない夏になることを

 

 

THE BOOM『FACELESS MAN』(1993年、ソニー・ミュージックレコーズ)

配信元: 幻冬舎plus

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