使用機材〈FujifilmX100V,SonyRX0M2〉
〈スイートホーム・アラバマ〉、〈スイートホーム・シカゴ〉……愛しい故郷を歌ったロックの名曲だ。
今回の沖縄行きは、取材が絡んでいない。なのでこのネタを書くつもりはなかったのだが、あえて記す。
そう私の脳内には現在、〈スイートホーム・オキナワ〉という自作のメロディーが流れ続けているのだ。
コロナ禍の期間を除き、二〇年以上、私は沖縄を訪れ続けている。
石垣島や先島諸島を訪れて以降、次は宮古島や伊良部島にハマり、最近は沖縄本島や近隣の離島に足繁く通うようになった。
当欄で何度か触れたので詳細は割愛するが、沖縄で濫立気味のリゾートホテルや海沿いの小洒落たカフェの類いには一切興味がない。
昔ながらの地元民向け食堂や居酒屋の暖簾をくぐり、沖縄ならではの食材や泡盛(年代物の古酒含む)を味わうのが何より好きなのだ。
沖縄北部の離島。超絶透明度のビーチ、独り占め。
波打ち際からほんの数メートルでこの景色。珊瑚が生きている。自分も生き返る。
干潮時、アクションカメラで撮影。一人竜宮城状態。もちろん、ウミガメ(リゾートが飼育しているやつではなく、天然)もたくさん。
閑話休題。
私はスピリチュアル系の話が苦手である上に、信心深くない。しかし、某厄除け大師の方位よけの説明よれば、昭和42年生まれの(六白)は運勢の弱い1年間を過ごす、とある。
四二歳の大厄は無難に越したが、今年は公私ともにトラブルが頻発、フィジカル、メンタルともに大きなストレスを感じていた。
そして今回の沖縄行きの前日、仕事でとんでもない出来事が起きた(暴露したいが、契約の関係上、明かせない)。
長年人間をやってきたので、トラブルへの対応力も上がっているはず、そう思っていたが、旅行直前の出来事で完全にメンタルが崩壊した。
ブツブツと小言を呟きながら飛行機に乗り、大好きな那覇空港に降り立った。予約していたレンタカーをピックアップし、沖縄本島の背骨、国道五八号線を北上した。
道中、目星をつけていた食堂に立ち寄って定食を摂った。この間、地元民が交わすウチナーグチ(沖縄方言)を聞くに付け、海底深くに沈んでいた気分が次第に浮上し始めた(いや、大袈裟ではなく)。
初日の宿を取った本島北部の名護市では、地元民が愛してやまないタコス店に寄り、大きなタコスとオリオンビールを手にビーチに向かった。
大きな雲、青すぎる空。そして誰もいない浜に座ると、今年前半に多発したトラブルの数々がスッと消えていく。
定宿(民宿)近くの小径。沖縄の原風景が現役。人懐こい島民と話すのがこの上なく心地よい。
定宿のテラスから港とビーチを一望する。この場所で、この瞬間ビールを飲むために一年仕事を続けた(大袈裟ではなく)。
翌朝、名護からさらに北上して、小さな港に辿り着く。フェリーに乗り込み、四年連続で訪れている離島を目指す(詳細は拙著『ブラックスワン』〈幻冬舎〉にて=露骨な宣伝)。
本島から約一時間、離島の港につき、定宿に到着した。港とブルーの海を一望しながら飲むオリオンビールのうまさよ。
毎晩、酒豪の女将や島の友人たちと泡盛を飲み、他愛もない話で過ごしているうちに、凹み切った己の気持ちが通常運転に戻っていくのを感じた。
島の漁協で購入した刺身と天ぷら、そしてオリオンビールとともにビーチへ出かけ、数時間何もせず海を眺め、波の音を聞き続ける。
何度か島民に声をかけられ、ゆんたく(お喋り)しているうちに、トラブル続きでへたっていた自分に対し、〈心が狭いなあ〉と思えるようになった。
スイートホーム・オキナワ……本来、私とは縁もゆかりもない土地だが、今回ほど美しき故郷に救われたことはなかった。
沖縄の人たち、島々の自然に改めて感謝。
今回は宿の船に乗り、沖合で釣り。フエフキダイをゲット。
釣った魚は、船長(元板前さん)が調理。うますぎて卒倒レベル。
地元漁協の直売所で刺し盛りゲット。沖縄の魚はうまいのだ(値段の安さにびっくり=全部高級魚)。
拙著『ブラックスワン』(幻冬舎)で取り上げた島。この絶景がほぼ貸し切り。島名知りたい人は拙著を購入されたい。
離島のビーチに癒されまくりのおじさん。これであと一年、仕事がんばれる。

