
『ABEMAエンタメ』の独自企画「Re:MAKE 〜拝啓、あの頃の君へ〜」に元北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士が出演。自身の人生を「全力空回り」と表現する杉谷が、自分らしさを見失った現役時代の葛藤について赤裸々に語った。
■杉谷拳士、プロテスト“6打数5三振”もまさかのドラフト指名「『えっ?』と思った」
高校野球の名門・帝京高校で1年生からショートのレギュラーを掴み、夏の甲子園に出場した杉谷。高校3年生の最後の夏は東京都大会で敗退し、社会人野球への道を考えていたが、北海道日本ハムファイターズから届いた一本の電話をきっかけに、プロテストを受験することに。
しかし、プロテストは「6打数5三振」という結果で終わり、テスト終了後にはスカウト陣から「3年後、社会人に行ってからもう一度挑戦をした方がいい」と言われ、社会人野球へ進む準備をしていたという。
ところが、迎えたドラフト当日、ファイターズから6位でまさかの指名。「『えっ?』と思った自分がいましたね」と驚きを振り返った杉谷は、入団後、球団関係者から「技術もない、体力もない、しかし元気と根性がある」「こんな選手がファイターズでプレーして、どこまでいけるか挑戦してみたくなった」と評価されていたことを聞いたと明かした。
杉谷は「明るく元気に楽しくやっている姿をファイターズの編成の方が見てくれていた」と語り、「その思いを胸にファイターズのユニフォームを着て14年間何とか気合と根性で、そして元気に頑張りました」と、プロ野球人生の原点を振り返った。
■絶望から救った栗山監督の言葉
入団3年目には1軍に定着し、試合に出場できない日もベンチから明るく仲間を鼓舞し続けた杉谷。しかし、プロ4年目頃になると、持ち前の“明るさ”を揺るがす出来事が起きたという。
「同僚だったり目上の方たちから『あいつうるさいぞ』と言われるようになった」と回顧した杉谷は、さらに「お前一人でやってるわけじゃないんだよ」「そんな声出してプレーするんだったらそれはアマチュア」などと言われたことで、「チームに迷惑をかけている」と考えるように。「誰にも存在を知られないようにそっとプレーしていた」と、自分らしさを失っていた当時を振り返った。
そんな姿を見て声をかけたのが、当時監督を務めていた栗山英樹氏。監督室に呼ばれ、「けん制はアウトになる。守備はトンネル。バントは失敗する。お前何が残ってんだよ」と厳しい言葉を投げかけられた杉谷は、「心の中では『めちゃくちゃ監督言うな』と思った」と回顧。
しかし、続けて栗山氏から「お前元気しかないだろ」「いいんだよ、人のことは。お前野球好きなんだろ」と問いかけられ、「大好きです」と答えると、「じゃあいいじゃないか。グラウンドで自分が野球好きだったら100%プレーしなさい」「杉谷拳士は杉谷拳士でしょ。拳士らしく前に進みなさい」と背中を押されたという。
この言葉を受け、「人は人、自分は自分」と吹っ切れたという杉谷。「あの時あのタイミングで栗山監督に言葉をもらってなかったら、今の僕は本当にいない」と、自身を救った恩師への感謝を語った。
「Re:MAKE 〜拝啓、あの頃の君へ〜」杉谷拳士編は現在もABEMAにて配信中。

