
「ザ・偉人伝 昭和が生んだ『魔法のメロディ』3時間スペシャルいずみたく・宮川泰・小林亜星・山本直純」(夜8:00‐10:54、BS朝日)が8月23日(日)に放送される。
■「ザ・偉人伝」とは
時代を彩った昭和歌謡の作詞家や作曲家、歌手などの波乱万丈な人生と名曲誕生の裏側に迫る音楽ドキュメンタリー。
今回の3時間SPでは、「歌謡曲にとどまらない天才作曲家たち」と題して、作曲家・いずみたく、宮川泰、小林亜星、山本直純を特集。
数々のヒット曲を生み出しながら、童謡、ミュージカル、CMソング、テレビ・映画のテーマ曲など、ジャンルや枠を超えて名曲を量産し、大衆音楽を突き詰めた4人の作品と波乱万丈の人生を3時間に渡って深掘りする。
■音楽に目覚めた演劇少年・いずみたく
終戦の翌年、鎌倉アカデミア演劇科に入学。同窓の高松英郎、前田武彦らと切磋琢磨し、演劇一筋の少年時代を過ごす。22歳で音楽に目覚め、芥川也寸志のもとで修業を重ねる。
いずみは、永六輔とのミュージカル「見上げてごらん夜の星を」、昭和40年代に入り「恋の季節」「夜明けのスキャット」でヒット連発。「いい湯だな」「ゲゲゲの鬼太郎」「徹子の部屋」など今なお歌い継がれる国民的メロディーを確立した。
さらに、佐良直美「いいじゃないの幸せならば」でレコード大賞を受賞。ヒットメーカーの地位を不動のものに。少年時代の夢だったミュージカル劇団を私財を投じて設立し、情熱を傾けていった。15000曲もの作品を遺し、62歳で旅立った。

■出会いが結んだ宮川泰の作曲人生
宮川は、父の仕事の関係で各地を転々とし、大分県で終戦を迎える。進駐軍のラジオから流れてくる音楽が原点となる。夢は絵描きで美術学校に進学。ピアノ演奏のアルバイトをしていたキャバレーで運命を変える出来事が訪れる。
大阪学芸大学の教授との出会いによりに入学。本格的に音楽を学び、上京後、渡辺プロダクション、渡辺晋に見出されて黎明期だったテレビの世界へ。ザ・ピーナッツの「ふりむかないで」「恋のバカンス」など次々とヒットさせていく。
歌謡曲だけにとどまらず、「シャボン玉ホリデー」「ズームイン!!朝!」、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」などを手掛け、晩年は「NHK紅白歌合戦」の大エンディング「蛍の光」の二代目指揮者を担当した。亡くなる前日まで鍵盤に向かい、74歳で逝去。
■小林亜星、医師を諦めて音楽の道へ
病院を経営する祖父、官僚の父、劇団員だった母のもとに生まれ、疎開先の長野県で終戦を迎えた。戦争が終わったことを喜ぶ母に怒りを覚えたほど軍国少年だった。医学の道を志すも断念し、服部正に師事して本格的に作曲を学ぶ。
妹の縁により、レナウンのCMソング「ワンサカ娘」を手掛け、CMソングを中心に活動し、「日立の樹」「パッ!とさいでありあ」などを世に送り、アニメソング、歌謡曲でも実力を発揮。都はるみ「北の宿から」は日本レコード大賞を受賞した。
唯一無二の俳優としても活躍し、「寺内貫太郎一家」、連続テレビ小説「さくら」など多数出演。音楽への情熱を失わず、日本作詞作曲家協会の代表を務め、音楽文化の普及と発展に尽力。生涯で6000曲もの作品を遺した。

■日本を代表する音楽家となった山本直純
戦後の混乱の中、作曲家で指揮者の父からクラッシック音楽の英才教育を受けて育つ。自由学園で齋藤秀雄から早期教育・指揮指導を受け、齋藤の元で出会った、のちの世界的指揮者・小澤征爾に指揮の手ほどきをしたのが山本だった。
指揮者として世界での活躍を夢見ていたが、大学在学中に眼を患い、視力の著しい低下。弟や妹を養うためテレビや映画の分野に積極的に進出。大河ドラマ「風と雲と虹と」「武田信玄」、映画「男はつらいよ」などクラッシックを大衆音楽へと昇華させていく。
「8時だョ!全員集合」、童謡「一年生になったら」など誰もが知る音楽を量産しながら、小澤征爾らと新日本フィルハーモニー交響楽団を設立、大阪城ホールの「1万人の第九」を企画、総監督・指揮を務め、晩年まで指揮棒を振り続けた。

