イラストレーターで漫画家の江口寿史さんをめぐり、トレパク(トレース・盗作)疑惑が浮上した。起用していた複数の企業が、広告や商品の差し替え、使用中止といった対応に追われている。
ただ、「盗作」との指摘が法的にも適切なものかといえば、著作権にくわしい専門家は慎重な見方が必要だとの見解を示している。
一方で、今回の問題が企業に与えた影響は大きく、今後、クリエイターへの依頼や制作体制にも見直しが求められそうだ。ビジネスと著作権にくわしい出井甫弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●「トレース=著作権侵害」とは限らない
——江口さんの作品をめぐっては、元画像とされる写真が多数掘り起こされています。法的に「権利侵害」となる可能性はあるのでしょうか。
たしかに、他人の作品をなぞる「トレース」は、著作権侵害に発展するリスクが高い行為です。
しかし、どんなトレースでもすべてが侵害になるわけではありません。程度や内容によって判断は異なります。
著作権侵害が成立するには「類似性」が求められます。単に「何となく似ている」程度では足りず、双方の共通する表現が「創作的な表現レベルで似ていること」が必要です。
たとえば、ピースをしているポーズが似ているとしても、多くの人がピースをするため、この程度では侵害になりません。
特に写真の著作物の場合、その創作性は、被写体の選択や配置、背景とのコントラスト、陰影、角度、構図、大きさなど、複数の要素における撮影者の工夫によって構成されます。
したがって、単に同じ被写体(たとえば富士山)を描いたからといって、必ずしも富士山の写真と、創作的な表現レベルで類似するわけではない、つまり、ただちに著作権侵害にはならないということです。
●トレースは否定し難い…それでも「侵害」の検討は慎重にされるべき
——レストラン「デニーズ」の広告イラストが、ファッション誌に掲載された女優の新木優子さんの写真だとして比較されています。デニーズは使用を控える対応を発表しました。
たしかにポーズや衣服、バッグの形状などが一致しているように見えます。もっとも、これが著作権侵害になると、例えば、別の女性が似た服装で同じポーズをとると、それも著作権侵害になり得るということです。
こうした現象がどんどん起きていくと、やがてほとんどのポーズが侵害になり得るという状況につながります。よって、先ほどのピースの話にも関わりますが、どの範囲にまで独占性を認めることが、今後の表現活動を委縮させないかを考えることも、著作権法の観点で分析する際には重要となります。
江口さんのイラストが元写真の被写体をトレースしていることは否定しがたいものの、これまでの観点から、それが法的に「権利侵害」と評価できるかどうかは、慎重に検討する必要があると思います。

