連作《サント=ヴィクトワール山》に見るセザンヌの哲学ーー映画『セザンヌと過ごした時間』とともに

映画『セザンヌと過ごした時間』と、芸術に生きた男の苦悩

参照:『セザンヌと過ごした時間』

2016年公開の映画『セザンヌと過ごした時間』は、セザンヌと作家エミール・ゾラの40年以上にわたる友情と確執を、史実や彼らの著作をもとに描いた作品です。

少年時代、エクス・アン・プロヴァンスで出会った2人は、お互いの才能を信じ、励まし合いながら芸術の道を歩み始めます。しかし、性格や価値観、成功の速度の違いが、少しずつ深い溝を生み出してしまいました。

1024px-Edouard_Manet_049エミール・ゾラの肖像(マネ作), Edouard Manet 049, Public domain, via Wikimedia Commons.

評価されない苛立ち、モデルや家族との関係の破綻、そして「描くことをやめない」という強い意志。成功を収めたゾラに対し、セザンヌは羨望と反発を抱き続けます。一方でゾラもまた、自身の文学にセザンヌの姿を投影し、そのことが友情を決定的に壊す要因となるのでした。

映画では、セザンヌの孤独と執念を、ゾラとの対話や衝突を通して浮かび上がらせます。芸術にすべてを捧げた男の誇りと痛みが、繊細な人間ドラマとして表現され、正直胸が詰まるシーンもありました。しかし、2時間に濃縮された2人の関係性が、わたしたちのセザンヌ像をより濃くするのです。

そして晩年、セザンヌはただ1人、故郷のサント=ヴィクトワール山に向き合い続けました。ゾラとの関係に終止符が打たれた後、山が彼の揺るがぬ友であり、芸術の核心を問い続ける原点となったのではないでしょうか。

完璧ではないからこそ描き続けたセザンヌ

ポール・セザンヌにとって、サント=ヴィクトワール山は単なる風景ではなく、生涯をかけて探求し続けた芸術の原点でした。色と形、光と影、遠近と量感。それらを1枚で同時に成立させようとする試みは、何十点もの連作となって実を結びます。彼は自然の中に幾何学的な秩序を見出し、閉じた輪郭から飛び出し、色彩の響き合いで形を浮かび上がらせました。

映画『セザンヌと過ごした時間』では、その飽くなき追求の背景に、作家ゾラとの友情と確執が描かれます。理解されず、時に孤立しながらも、セザンヌは完成に到達することを求めず、むしろ不完全さの中にこそ真実を見出しました。連作《サント=ヴィクトワール山》を描き続けた日々は、彼の哲学そのものであり、芸術は終わらない対話であることを証明しています。

◆参考文献

・永井隆則(2012)『アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたいセザンヌ 生涯と作品』東京美術
・スージー・ブルックス(著)、Babel Corporation(訳出協力)(2016)『世界の名画 巨匠と作品 ポール・セザンヌ』六耀社
・アレックス・ダンチェフ(著)、二見史郎・蜂巣泉・辻井忠男(訳)(2015)『セザンヌ』みすず書房

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