「受刑者だって社会に戻る人間だ」 塀の中から国を訴えた男が見た"日本の刑務所"の現実

「受刑者だって社会に戻る人間だ」 塀の中から国を訴えた男が見た"日本の刑務所"の現実

約2億円相当(当時)のビットコイン詐欺事件で懲役7年の刑に服することになった八木橋健太郎さん(39)。

金属アレルギーがあるにもかかわらず、受刑中に強制的にひげを剃られたとして、弁護士をつけずに国を訴え、勝訴したことは以前の記事で紹介した。彼はほかにも、受刑者の選挙権が制限されていることの違法性を問うなど、塀の中から複数の裁判を起こしてきた。

刑務所に入った当初は淡々と服役するつもりだったが、ある出来事をきっかけに「法廷で闘う」ことを決意したという。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●「命がかかってるのに…」刑務所対応への疑問が闘争の出発点

──受刑者が裁判を起こすと、刑務所側から嫌がられるのでは?

刑が確定し、喜連川社会復帰促進センターに移送されて3カ月ほどが経ったところで、白血病が見つかったんです。

命に関わる病気なのに、対応はいい加減で「ちょっと待ってくれ」と思いました。自分の身は自分で守るしかない──そう痛感して、規則を盾に徹底的に闘うしかないと考えました。

──どんな対応を受けたのですか?

外部の病院で抗がん剤治療を受けましたが、白血病の治療では免疫力がほぼゼロになるため、感染症は命取りです。それにもかかわらず、抽象的な保安上の理由で常に手錠をつけられ、コロナ禍なのに、複数の刑務官が入れ代わり立ち代わり病室を訪れ、24時間常駐していました。

刑務官が自身の素足をマッサージした手で私に触れることもあり、医師に「最低限の運動をしないと体力が落ちる」と言われても、「運動はするな」と拒まれることもありました。

処遇改善を求める願箋(がんせん)を出し始めると、「面倒な受刑者」と見なされ、要注意人物として指定されました。

社会では当たり前のことが、刑務所では当たり前におこなわれない。刑務官には裁量があるのに、それがあえて「締め付け」に使われている。国がそうした運用を許していること自体、問題だと思いました。

──それで、法を武器に自らの安全を守ろうと。

はい。刑務所にいると、公正な裁判を受けるのも難しい。外部の弁護士と手紙をやり取りするのにも時間がかかるなど、制約が非常に多いんです。そうした経験の積み重ねも、今回の訴訟につながっています。

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●「選挙権がほしいわけじゃない」本当に訴えたいこととは

──現在は、受刑者の選挙権をめぐる訴訟で最高裁に上告中です。

誤解されがちですが、僕は「受刑者としての選挙権がほしい、投票したくてたまらない」と訴えているわけではありません。

日本国憲法は、受刑者の選挙権を制限してよいとは書いていないのに、公職選挙法では「禁錮以上の刑の執行中の者」に選挙権を認めていません。もし制限するなら、憲法を改正するのが筋です。

これは刑務所の医療の問題にも通じます。刑事収容施設法には「一般の医療水準に照らし適切な措置を講ずる」と書かれているのに、実際にはそうなっていない。僕はただ、「法律通りにやりましょうよ」と言っているだけなんです。

──「受刑者なんだから我慢しろ」「法律を守らなかったやつは文句言うな」という批判が聞こえてきそうです。

そういう声が出ることは想定しています。でも、僕が問題にしたいのは感情ではなく、構造です。国が、法的根拠のないまま国民の権利を制限できる。それが許されていいのか、と問いかけたいんです。

これは刑務所だけでなく、警察など他の行政機関にも共通する問題です。たまたま僕は「受刑者」という立場でそれを体験したにすぎません。

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