美術館映画①『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』(2015)
参照:https://eiga.com/movie/80542/
イギリスの国立美術館、ナショナル・ギャラリーは、世界最高峰と称される美術館です。13世紀から19世紀までの作品2,300点以上が所蔵されています。一般の美術後援家が収集した絵画に由来するコレクションです。
本作の監督を務めたフレデリック・ワイズマンさんといえば、『パリ・オペラ座のすべて』『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』などで知られる、ドキュメンタリー映画の巨匠。映像素材が淡々と流れる構成なので、最初は退屈に感じるかもしれません。でも、シンプルだからこそ、美術館で流れる物語に身を任せる、そんな贅沢さにどっぷり浸れると思います。
「観客のニーズが何で、いかにそれに応えていくか」という課題意識から、ナショナル・ギャラリーでは様々なプログラムが実施されています。ロイヤル・バレエ団とのコラボレーション、専門家のギャラリートーク、ヌードデッサンのワークショップ......。
特に知的好奇心が満たされるのは、専門家によるギャラリートーク(展示室内で行われる解説)です。情景が目に浮かぶような、分かりやすくて面白い説明。
「あなた方の興味あることは全て美術に含まれています」という語り。思わず美術館のギャラリートークに行ってみたくなりました。
また、利用者のニーズにも視点を向ける、ユニークな取り組みが登場します。目の不自由な参加者たちに渡されるのは、カミーユ・ピサロ《夜のモンマルトル大通り》の複製画。線の部分を立体的に印刷したもので、みなさん面白そうに触っていました。
司会者の女性が、作品の情景を解説し始めます。「同時代の画家ならば、バルコニーを加えるなど、画家の位置を示したはずです。この絵には窓枠もなく、画家の存在を感じません」。
「解釈を語る」ことは、フレデリック・ワイズマンさんのスタイルに似ており、だからこそ彼はナショナル・ギャラリーに心惹かれたのかもしれません。
カミーユ・ピサロ《夜のモンマルトル大通り》(1897)/ナショナル・ギャラリー, Public domain, via Wikimedia Commons.
あらゆる興味関心は美術につながっています。「アートって難しそう」と感じる方は少なくありません。でも、どんな出発点からでも美術は楽しめるし、入口は広く開かれているのです。『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』がそう教えてくれました。
美術館映画②『グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状』(2016)
参照:https://eiga.com/movie/84685/
ウィーン美術史美術館は、ハプスブルク家の歴代コレクションを展示するため、フランツ・ヨーゼフによって建設されました。ヨーロッパ三大美術館の1つとして知られ、2026年に創立135周年を迎えます。
この映画は、2012年から実施された大規模改装の密着ドキュメンタリーです。総館長をはじめ、清掃員、修復家、美術史家など、美術館に携わるスタッフたちを中心に、美術館が進化していく姿を映し出しました。
解説やインタビュー、音楽が一切なく、ただ美術館と人々が共存する様子だけが流れる時間。「ダイレクトシネマ」という手法だそうです。そのおかげで、観客は舞台裏を集中して味わえると思います。
ある外国人修復家の言葉が胸に残っています。
「この美術館で働くとハプスブルク家が重荷になる、伝統の重みだよ。ここの同僚の”国家への思い”を知れば知るほど、重荷に感じられる」
「我々はハプスブルク家の遺産を所蔵し、管理し、展示している。問題は我々がどんな意識でいるかだ。この家の芸術を伝える忠実な下僕だと思うか、それとも自覚を持った現代人だと割り切るか」
各分野のプロフェッショナルが働く美術館。喜びや誇りだけでなく、プレッシャーや不満を感じることだって、きっとあるはずです。わたしたちが1分で立ち去る展示物だとしても、その裏には「人の想い」が宿っているのだと、心の底から分かった気がします。
映画で複数回登場するのがピーテル・ブリューゲル《バベルの塔》です。現存する同名絵画は2点ありますが、ウィーン美術史美術館にあるのは「大バベル」と呼ばれるバージョン。1604年にはハプスブルク家が所有しており、まさに「伝統の重み」が伝わってきます。
ピーテル・ブリューゲル(父)《バベルの塔》(1563)/ウィーン美術史美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.
ウィーン美術史美術館は、5,000年分の王室コレクションを堪能できる、ヨーロッパ屈指の場所です。総館長ザビーネ・ハークさんは「この美しさを世界と分かち合いたいんです」と、愛おしそうな表情で語ります。たくさんの人が愛し、こだわり、ベストを尽くし続ける空間で、建築物や展示品と悠久の対話をしてみたいと思いました。
