「真面目」が武器にならない世界「『真面目』な私が、私は嫌いだ」【連載:しょぼくれおかたづけ 第14夜】

「真面目」が武器にならない世界「『真面目』な私が、私は嫌いだ」【連載:しょぼくれおかたづけ 第14夜】

いつも「オモシロイ」と元気つけてくれるカナメストーンさん
いつも「オモシロイ」と元気つけてくれるカナメストーンさん / 提供=にぼしいわし・いわし

にぼしいわし・伽説(ときどき)いわしによる、日々の「しょぼくれ」をしたためながら、気持ちの「おかたづけ」をするエッセイ「しょぼくれおかたづけ」。 

「真面目」であることが、この世界では何の得手にもならないと思っていた。
それでも、私の取り柄は「真面目」しかなかった。そんな私が、私は嫌いだった。

そんな中、まるで〝私そのものの〟ような後輩と会ったあの日、ふと気づかされたことがある。
私がずっと苦手だった、「真面目」のなかにも、ちゃんとおもしろさは宿るのかもしれないということ、そして何より、私はそういう人間が心底大好きだということ。

■第14夜「おもろいで!」
 真面目と言われるのが本当に嫌だ。褒め言葉かもしれないけど、自分のせいでそう捉えられない。いわしさんは真面目だから、と、今この文章を打つだけでも体が固まっていく感覚がある。言ってるほうは褒めているはずだ。真面目で何事にも真剣に取り組んでいることは素晴らしいと言ってくれている。何も悪くない。でも、真面目と言われた瞬間、口に苦味が上がってきて、目に潤いがなくなる。手足も少し動かしにくくなって、首と肩に鉛が乗る。私は何か「間違えたのかも」と思う感覚がある。なぜかというと、私の頭の中では勝手に「真面目」は「おもしろみがない」と変換されてしまうからだ。私の予測変換は潰れている。

 そう、特に思うようになったのは、芸人の世界に入ってからだった。芸人の中には、真面目な人間もいるし、とんでもなく不真面目な人間もいる。お笑いだけは一生懸命やってその他の生活が堕落している人間もいるし、お笑い自体も一生懸命やることから逃げてしまう人間もいる。でも私はその中では、真面目な部類に入るのだろう。でも芸人の世界にとってこの真面目さは、全くもって武器にならない。頑固、臨機応変さがない、失敗を笑えない、など、数々の付随する性格が足を引っ張ってしまう。私の性格上、お笑いに不向きな部分が多いと思っていて、それは私の真面目な部分が連れてくることが多い。だから真面目と言われると辛くなる。これまで幾度となく、悪気がなく、「いわしは真面目だから」と言われてきた。ちなみに「おもしろみがない」以外にも「シャレの通じない」「居心地が悪い」「気が滅入る」「頑張ってるアピール」などなど、私の予測変換は勝手に暴れてきた。

 そのせいもあって、芸人と関わるのが苦手で、特に先輩と関わるのが苦手だった。根っからの体育会系の部活で育った私にとって先輩は、気安くしゃべっていい存在ではなかった。中学のときなんか、まさにそうだった。先輩にあいさつするときは笑ってはダメ、歩いている先輩の後ろ姿を見つけたら走ってあいさつをしにいって、そのまま抜かしてはダメ、そもそも先輩よりも先に集合しないといけないから、後輩の集合時間は本来の集合時間の1時間前だった。でも、その経験は私にとって財産だと思っている。厳しいこともあったけれど、そのおかげで耐え抜くことができることがたくさんあった。今のこの生活もそうだ。どれだけ賞レースの結果が悪くっても、絶対に諦めないこの忍耐を培えたのは間違いなく中学のときの部活のおかげだろう。

 でも、先輩に対して、真面目に対応する癖は抜けておらず、空気を読んで「ほどよくフランクな」日常会話ができない。おもしろいことも言えない。そんな自分に悩んでいた。


■「真面目」が「真面目」と会話した日
 ある日、よくご飯を一緒に食べる後輩から、「いわしさんに相談したいって言ってる後輩がいまして」と、教えてもらい、その後輩と連絡先を交換した。
 交換後わざわざ、それはそれはていねいに自己紹介をしてくれた。その後輩とは、芸歴が10年以上離れている。角の丸い吹き出しの中にいるとは思えないほどの緊張を張り巡らせた文章に、何度も書き直しては推敲し、やっとの思いで肩をすくめながら両手でスマホを握る、まだ顔の知らない後輩が想起される。そしてそれは、いつかの私にも重なった。

 私は、真面目だなと思われたくない一心で急にその後輩をお茶に誘った。それは憧れの「フランク」な対応のつもりだった。ダサいけど。でも、その後、これは一種のパワハラにならないか、これで断りづらくなってしまっていないか、でも連絡したいと言ったのは向こうの方だし、この後輩もおそらく真面目っぽいし、びっくりさせてしまっていたら嫌だな、と私の「真面目」が暴れ出した。

 よくご飯を食べる後輩と、その初対面の後輩と3人で新宿のルノアールにいった。後輩のその後のバイト先がどこか聞いて、そこに近いルノアールにした。こういうことも本当はしなくていいし、気を遣わせる原因なんだろうなと思っていた。

 先に入っていた私のもとに、緊張と顔に書いてあるような後輩がやってきた。水を飲むにも、飲み物を頼むにもせわしない。手の置く位置も定まらず、メニューを指した指が少しだけ震えていた。
 しかし、すべての行動に既視感があり、その後輩の気持ちが同時通訳できるほどにわかった。こういうとき、先輩に「緊張せんでいいねん!」って言われると、余計に緊張したよなと思い出す。この気遣いをさせることも、もしかしたらこの緊張しすぎている自分と対応してもらうのも申し訳なくなってきていた。

 そういえば、そういうときは、よく眉毛を見ていたなと思い出す。眉毛の根本の毛根が、特に眉間の周囲が、感情が顔に出る少し前に動く。完全にシワがいくのではなく、少しだけシワがいきそうになって戻る。私の一挙手一投足で眉毛がどう動くか見ていた。また、生真面目って思われてしまったらどうしよう、おもしろみのない人間って思われたらどうしよう、しゃべってて何も楽しくないって思われたらどうしよう、この先輩に嫌われたくないのに、もう2度と誘ってもらえなかったらどうしよう、そしてこういうことを考えている自分も、自信のない自分もとても嫌だった。

 「緊張せんでいいねん!」は言わず、相談ごとに入った。自分がどんなネタや演技をすればおもしろいのかわからないと言った悩みだった。確かに芸歴の若いときによくある悩みで、そんなものは芸歴と共に解消されていく。気にしなくていい、が答えだけど、それは言わないでいた。だって、気にしてしまうから、この子はこの悩みに辿り着いたのだから。でもこんなこと考えてしまうのはよくないのかなとか思ってしまうこともわかる。私が芸歴が浅いときも、確かに思った。この後輩も「真面目」だから、いろんな人の意見を聞いているうちにごちゃごちゃになってしまったようだ。

 自分がおもしろいと思って突入してきたこの世界で、真面目に考えれば考えるほど、自分のことがわからなくなるのはとてもわかる。自分がおもしろいという確固たる自信があって、人の意見なんて聞かずにやれる人はいいけれど、こうやって全てから吸収しようとする人は結局自己を振り返り内省して、本当の自分がわからなくなるよな、と思った。その後、そこまで思ってなかったら完全におせっかいだな、と思った。

 しゃべっていくと「自分の何がおもしろいかわからない」とこぼした。わかる。自分の何がおもしろいかわからないこと、わかる。でも私が見たその後輩は、緊張からかずっとおしゃべりで挙動もおかしくて、私はおもしろいと思った。でも、悩んでしまうことはわかる。私のひと言で落ち込ませたくない。なんて言葉をかけたらいいのか。


 頼んだアイスの黒糖カフェ・オーレの氷も溶けて、それも無意識で飲み干して、お冷も飲み干して、温かいお茶も飲んだ。全員ちゃぷんちゃぷんだ。テーブルのグラスが生む結露にメダカが住めるようになったころ、後輩がそろそろバイトで、と席を経った。

 「おもろいで!」

 リュックを背負おうと立ち上がった後輩の背中に、私の言葉がバーンと当たった。当てるつもりはなかった、かけるつもりだった。あまりにも勢いよく当てられた言葉に、後輩は一瞬誰に対しての言葉なのかわからなかったようだ。でも、すぐに爽やかな笑顔を向けて「ありがとうございます」と一礼した。

 こういう人間が成功してほしいと思った。だから私が頑張らないとな、とも思った。
【写真】「お笑いを始めた時からずっとそばにいてくれているみんな」
【写真】「お笑いを始めた時からずっとそばにいてくれているみんな」 / 提供=にぼしいわし・いわし

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