●弁護人が感じた違和感
男性は、逮捕された際に当番弁護士として接見に来てくれた川口真輝(まさき)弁護士に弁護を依頼した。
初めての万引きで被害額も少ない場合、本人が認めれば逮捕されないことは珍しくない。職場への復帰などを考えた時、「認めた方が早い」と考える人も少なくない。
だが、男性は一貫して否認していた。さらに、事件現場がこれまで日常的に利用してきた店であることや、商品を手に取る直前に母に電話していたことなどから、川口弁護士は「その状況でいきなり万引きするのは不自然」と感じたという。
2025年2月、東京簡易裁判所で裁判が始まった。争点は「盗む意図があったかどうか」、つまり「故意の有無」に絞られた。
川口弁護士は、男性の母親との通話記録や過去にその店を利用した際のレシートなどの証拠を集めた。そして法廷では、男性が安定した仕事についていること、母の介護や家事のほぼ全てを一人でこなしていたこと、トートバッグの中のドリンクが2本とも外から容易に見える上部に入っていたことなど、当時の状況を細かく分析した上で、男性は「単に会計を忘れてしまったにすぎない」と主張した。
●川口弁護士「背景にある事情を丁寧に聞き取ってほしい」
東京簡裁の園原敏彦裁判官は9月12日、母親の介護疲れなどによる注意力の低下に触れ、会計を忘れてしまったという男性の主張が「およそあり得ないわけではない」と指摘 。
その上で、「窃盗の故意があったと認めるには合理的な疑いが残る」として、検察側の罰金30万円の求刑に対して、無罪を言い渡した。検察官は控訴せず、確定した。
今回の経験を経て、男性は「司法の力が働いた時、一市民はどうしようもなくなると痛感しました。(捜査機関には)最初に私の話をちゃんと聞いてほしかった」と話す。
逮捕された際にメディアに報道されなかったことは不幸中の幸いだった。職場も理解があり、仕事をしながら刑事裁判を闘いきれた。男性は今では、買い物に行った際、「ペットボトル1本だけでも絶対にカゴを持つようにしている」という。
川口弁護士は「スーパーの保安員には男性が万引きしたという決めつけが強くありました。捜査機関が事件の背景にある本人の事情をもう少し丁寧に聞き取らないと、今回のようなことが起きてしまうと思います」。

