かなこは夫にテニス行きを辞めるよう言いますが「義姉の機嫌を損ねたくない」という理由で拒否されてしまいます。かなこは、危険性より面倒事を避ける夫の態度に無力感を覚えて…。
夫に伝わらないもどかしさ
正春がテニスに行く日が近づいてきました。私の不安は頂点に達しています。インターネットで「ネットワークビジネス テニス」と検索すると、出てくるのは「勧誘の手口」「巧妙な誘い方」といった記事ばかり。義姉は、正春がテニス仲間と打ち解けた頃合いを見計らって、きっとビジネスの話を持ち出すに違いありません。
夜、はるとを寝かしつけた後、私は意を決して正春に切り出しました。
「ねえ、あのテニス、やっぱり行かないでほしい」
正春はスマホゲームから目を離さずに、気のない返事をします。
「えー、なんで?」
「だって、あれは普通のテニスサークルじゃない。調べたら、会員を増やすための集まりだって」
「姉さんがそんなことするかなあ?テニスだけやって帰ってきたらいいだろ?」
「お姉さんは、自分が良いと思ってるから悪気はないんだと思う。でも、正春を会員にしようと誘導しようと考えてるのは確かだよ」
私がそう言っても、正春の表情は少しも変わりません。彼の平和主義で面倒事を避けたい性格が、こういう時に最悪の形で出てしまうのです。
危機感を分かってくれない夫
「大丈夫だって。俺は別に興味ないし。それに、姉さんに誘われたから行かないと、文句言われるから。あの人、一度スイッチ入るとしつこいじゃん?ここで断って、義実家に帰ってくるたびにずっと言われるの、俺が嫌なんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心に冷たいものが広がりました。正春は、危険を避けることよりも、目の前の「義姉の機嫌」という些細な面倒事を避ける方を優先しようとしている。
彼は、ネットワークビジネスの危険性より、義姉から文句を言われることの方が、ずっとリアリティーのある脅威だと感じているようでした。
「文句言われるのが嫌だからって、わざわざ危険な場所に行くの?契約させられたらすごいお金かかっちゃうかもしれないのに!」
私の声は少し荒くなってしまいました。正春はそこで初めてスマートフォンを置き、少しムッとした表情で言いました。

