南海トラフ地震の発生確率はなぜ変わったの?「60~90%以上」「20~50%」二つの確率併記の理由は

南海トラフ地震の発生確率はなぜ変わったの?「60~90%以上」「20~50%」二つの確率併記の理由は

確率を読む時の注意点

次に確率を読む時の注意点をご紹介したいと思います。
先ほど説明したように南海トラフ地震は、京都に近いこともあり古くからの記録が残っています。他のプレート境界型の地震では十分な資料が残っていないため、「BPTモデル」を使って確率を計算しています。このため、「南海トラフ地震だけ発生確率が高いような誤解を生む」との指摘がかねてからありました。例えば千島海溝沿いの超巨大地震の発生確率は7~40%ですが、南海トラフ地震のBPTモデルによる確率と大きくは変わりません。こちらへの備えも進める必要があります。

数値が低くても備える

そもそも確率予測自体が、まだ発展途上の研究です。南海トラフ地震の「BPTモデル」では、1361年以降のデータを使い、1605年の慶長地震も南海トラフ地震であったとして確率を計算したものです。1361年より前の地震は記録が古く、見落としがあるかもしれないからだそうです。仮に684年の白鳳地震以降の地震を計算に入れ、1605年の慶長地震を南海トラフ地震でないとして確率を計算すると、発生間隔が大きくばらつくため、30年以内の発生確率も下がってしまいます。データが不十分なこともあり、確率予測は現時点ではかなり難しいものだと言えそうです。
阪神大震災以降の地震災害を見ても、何らかの意味で想定外のケースは多く、確率を目安としつつも、一般的な地震対策はどの地域に住んでいても行うことが大切です。

被害想定の数字の意味

「死者29万8000人、全壊焼失棟数235万棟」という南海トラフ地震の被害想定にも注意しておくことがあります。この想定は「冬の深夜に南海トラフ地震が発生して東海地方が大きく被災した場合」という最悪のシナリオに基づいています。地震の規模も、南海トラフ全域でプレート境界の深い部分から浅い部分まで動く可能性がある範囲が全て動く、最大規模の地震を想定しています。南海トラフ地震は繰り返し起きていますが、こうした最大規模の地震が過去に起きた証拠はまだ見つかっていません。このため最大規模で起きる確率は、今回発表された確率よりは低いと考えられており、地震調査委員会の報告書では「(最大規模の地震の)発生頻度は 100~200 年の間隔で繰り返し起きている大地震に比べ、一桁以上低い」、つまり、1O分の1以下になる、としています。
南海トラフで起きる大地震は、規模も範囲も多様性があり、毎回同じ地震にはならない、ということも頭に入れておくとよいでしょう。

以上が、南海トラフ地震の新しい確率の数値の持つ意味合いです。地震の研究はめざましく進んでいるとは言え、わからないこともまだ山積しています。今、わかっていることを参考にしつつ、自分の周りで起こり得る地震に対し、できるだけ備えておくことが大切だと言えそうです。

専門家からのメッセージ

今回の改訂について、地震調査委員会で南海トラフなど海溝型地震の長期評価を担当する部会・分科会の委員を務める、国立研究開発法人産業技術総合研究所の宍倉正展さんにお話を伺いました。
「今回発表された南海トラフ地震の発生確率について、「わかりにくい」という声が多く聞かれます。以前の発生確率のほうが、シンプルで理解しやすかったようにも思えますが、実は従来の計算では、データの不確実性や誤差が十分に考慮されていませんでした。地震は非常に複雑な自然現象であり、不確実な部分が多くあります。さらに、過去の地震については記録が不完全なため、データの誤差も大きくなります。今回の新しい確率は、そうした不確実性や誤差を科学的に突き詰め、さまざまな可能性を反映させた結果、幅のある二つの値として示されました。」
「科学的な正確さを誠実に追求すると、かえって社会に伝わりにくくなる――このような状況は、科学を社会に活かすうえで常につきまとうジレンマといえます。いずれの数値を取るにせよ、過去の南海トラフ地震が最短で約90年の間隔で再来していること、そして前回の地震からすでに80年が経過していることは事実です。今後、時間の経過とともに発生確率は高まっていきます。つまり、そう遠くない将来に南海トラフ地震が起こる可能性は極めて高いといえます。来たるべき日に備え、国や自治体はもちろん、私たち研究者もさまざまな情報を発信しています。ぜひ皆さんも積極的に情報を集め、地震や津波への理解を深め、災害への備えを進めていただければと思います。」

防災ニッポン編集部・館林牧子

配信元: 防災ニッポン