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公開 2017年05月09日  

出会った頃の俺たちは…なんていうか、素直だったよな/連続小説 第4話

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土曜出勤になってしまった夫の満と、そのせいで一人で行けると楽しみにしていた料理教室に子連れで参加しなければならなかったキリコ。仕事を終え、教室までキリコを迎えに行った満は、その帰り道に二人の馴れ初めを思い出すのだった…。


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満席のバス車内。奏太を膝に乗せ、俺は窓の外を見ていた。

隣でキリコがぶつぶつ言っているが、俺の耳は自然にその愚痴をシャットアウトしている。

(…あ)

桜並木を歩く人の中に、若い頃のキリコに似た女性を見つけた。

少し茶色のロングヘアに、前髪は眉毛の上。Aラインのワンピースがとても似合っている。

その人は自由を身にまとったような軽さがあり、ふと足を止め、桜を見つめている。

(キリもあんな感じだったな)

俺はキリコと出会った時のことをふと思い出した――。

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六年前、俺は北区赤羽に住んでいた。

Bun'kichenは23時までやっているので、仕事帰りや休日にもよく食べに行っていた。

小ぢんまりしていても、席と席とのスペースはゆったりとしていて程よく、おひとりさまでも恋人同士でもファミリーでもオッケーなところが心地よかった。

特に奥のソファー席が気に入っていて、俺はいつもその席に座っていた。

一方のキリコも俺に出会う前からBun'kichenに通っていた。

その頃、キリコは三田線の志村坂上駅近くに住んでいた。

赤羽まではバスでも、天気が良ければ自転車でも行けるので、執筆に煮詰まると気分転換にBun'kichenに来ていたらしい。

出産するまでキリコは5年ほどフリーのライターをしていた。

主にフリーペーパーやネットの記事を担当していて、書く内容は様々。

そんな中、「お料理系」記事の執筆依頼があり、あまり料理をしていなかったキリコは困っていたらしい。

◆◆◆

ある休日、ほとんど家着のような恰好でお昼ご飯を食べに来ていた俺に店主がチラシを渡してきた。

そこには「Bun'kichen  Cooking Room」と書かれている。

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店主  「こういうの興味ありませんか?」

   「……?」

店主  「もっと地元の皆さんに愛されるカフェになれるように、月一で料理教室を開くことにしたんです」

   「へぇ…」

店主  「第一回目はクッキー作りで…明日なんですけど」

満   「へぇ…」

興味のない俺はハンバーグに半熟卵の黄身を絡めて口に運ぶ。

(うん、今日も美味しい。…ん?)

雨に濡れた子犬のような目で店主が俺を見つめていることに気づく。

満   「あー…俺はあんまりそういうの」

店主  「実は男性の生徒さんが少ないんです。女性ばかりだと男性がポツンになっちゃうので…良かったら参加してくれませんか? お客さん、いつも来てくださってるし、Bun'kichenのこと好きでいてくれてるのかなぁ…と思って」

(いや、Bun'kichenの料理は好きだけどさ。雰囲気も好きだけど。店主のことだって好きだよ。愛想がいいしね。適度な距離感も保ってくれてるし。通常メニュー以外の料理にチャレンジしてお客さんを飽きさせない工夫もしてると思うし…。でもそれと料理教室とは話が違うでしょ?)

店主  「お願いします!」

満   「………いいですよ」

(断れない俺。波風立てず平和主義な俺…)

俺はムリに微笑み、ライスを口の中に放り込んだ。

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――翌日。

Bun'kichenに向かうと、店の外に「今日は料理教室の日のため、カフェはお休みです」とチョークで書かれた看板が立て掛けられていた。

料理教室の生徒は女性三名と男性は俺を含めて三名だった。

男性  「けっこう料理好きなんですか?」

女性1 「はい。料理をすると頭の中が空っぽになってリフレッシュできるんですよね」

女性2 「あぁ、分かるぅ」

(頼まれて参加してみたけど…これは料理教室というか婚活に近い感じだったのかな? 三対三になってるよね、これ…)

和気あいあいとクッキーを混ぜている男女二人を見て俺は困惑しつつ、自分の横で誰とも話していない女性・キリコをチラリと見た。

満   「え…」

キリコは自分で混ぜたクッキーの生地をペロリと舐めている。

俺の視線に気づき、キリコは不思議そうな表情で俺を見返す。

キリコ 「…え?」

満   「生で…食べられるんですか?」

キリコ 「生で…食べられないんですか? 味見って必要ですよね?」

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満   「はぁ…」

キリコ 「大丈夫ですよ。クッキーの味しますよ。…ほら」

キリコは何の躊躇もなく、俺の混ぜた生地が入ったボールをグイッと俺に差し出す。

満   「……」

(これは…俺にも舐めろってことかな? なんで舐めないといけないのかな? えーっと…)

疑問が頭を駆け巡る中、平和主義者の俺は指で生地をすくい、ペロリと舐める。

満   「…うん、クッキーですね」

キリコ 「ですよね、クッキー作ってるんですもん。大丈夫、死にはしませんよ。お腹は壊すかもしれないけど」

満   「それも…地味にイヤです」

キリコ 「ですね」

キリコがふわっと微笑むから、俺も自然と笑ってしまう。

(この人、面白いなぁ)

それが第一印象だった。

俺もキリコもどちらかと言うと人見知りで、仕事では仕方なくというか必然的に人と話さないといけないけど、そうじゃない場合は見知らぬ人と話すのは苦手だった。

そんな二人なのに、すんなり話せて、打ち解けて、気づけばbun'kichen以外でも会うようになっていた。

付き合って二年。キリコが二十九歳の時に俺たちは結婚をした。

翌年の夏に妊娠。年が明けて、ポカポカ陽気の春の日に奏太が産まれたのだった。

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ぼんやりしているうちにバスが川口元郷駅で停車した。

今では13キロある奏太を抱えてバスを降りる。奏太は足をもじもじとし、手でちんちんを押さえる。

奏太  「…うーん、ママー、ちっち」

キリコ 「だから言ったじゃないの!!!」

犬   「ワン、ワン!」

遠くにいた犬がキリコの大声に反応して吠える。

満   「もう大きな声出すなって。びっく(りするだろ)」

キリコ 「どうしてバス乗る前に、おしっこしたいって教えなかったの!? …もう! 信号変わっちゃう!」

キリコはイライラした様子で俺から奏太を奪い取り、青信号を掛けていく妻を遠い目で見つめる俺。

キリコ 「パパ!! コンビニで牛乳プリンを買ってきて!!」

満   「ん?……うん」

俺は急き立てられ、青信号が点滅中の横断歩道を走り抜けた。

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