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公開 2017年05月16日  

いつからだろう、妻が俺に相談しなくなったのは。/連続小説 第6話

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息子の奏太がおもらしをしたことと夫の満への不満が重なり、イライラがピークを迎えたキリコ。満は居心地の悪い自宅を後にし、奏太と公園に出かける。「いつからこんな風になってしまったんだろう…」満は奏太が生まれてからの夫婦関係を思い返すのだった。


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俺は奏太を乗せたベビーカーをゆっくり押して歩いていた。

天気の良い土曜日なので、あちこちから子どもの声が聞こえてくる。

奏太は小分けになっている「キノコの里」の袋を手に持ち、心底嬉しそうな表情で食べている。

そして前方に何かを見つけ、まっすぐに指差す。

奏太  「パパ! 公園いく! 公園いく!」

   「あー…。じゃあ、あそこでパンも食べるか」

住宅街にあるコンパクトな公園だが、よちよち歩きから小学生まで、たくさんの子どもと親でにぎわっている。

空いているベンチの横にベビーカーを停めると同時に、奏太はベビーカーを飛び降り、滑り台に走って行った。

   「おい! パンはいいの? …いいのね。あー、ベビーカーのベルトし忘れてたのか」

奏太が降りたベビーカーを見つつ、俺はベンチに座る。

   「あー…やっと休める」

ベビーカーにぶら下げてあったトートバッグから、Bun'kichenの紙袋を取り出す。紙袋は熱を吸って少しふやけていた。

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   「…すごい形だな」

イライラしているキリコが作った不恰好なベーグルを口にする。

美味くも不味くもない。

子ども 「パパ~!」

よその子が呼ぶ声に思わず反応して顔を上げる。

奏太は楽しそうに滑り台を滑っている。改めて公園内を見回すと、子どもを連れた親は男親ばかりだ。

(ということは、俺だって立派なイクメンじゃないか。休日出勤したあとに、息子を連れて公園に来ている。何が不満だって言うんだ。キリはちょっとイライラし過ぎ)

奏太  「パパ~! ブランコ!」

   「うん」

奏太に手招きされ、ブランコに向かう。

空いているブランコに座ろうとすると、奏太が「ダメ」と俺を制しする。

   「ん?」

奏太  「ひとりで乗る」

(おー、この前までは、パパの膝に乗る! だったのに、成長したなぁ)

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女性  「お待たせ」

隣でブランコを楽しんでいた父子の元に、笑顔の女性が歩いて来た。その女性を見て、子どもは「ママ!」と微笑んでいる。

とても仲が良さそうな家族。夫婦…。

(キリの笑顔、しばらく見てないかも。…昔はもっとふわっとした空気の人だった。どちらかと言えば子どもっぽくて、家事だって苦手だったし、俺にお願いしたり、もっと甘えるタイプだった。キリはいつから今のキリになったんだろう…)

ぼんやりとしていると俺のスマホが鳴り、見てみると会社の社長からメッセージが届いている。

メッセ 「今日のクレーム処理はどうだった? っていうか、聞かれる前に報告を頼むよ」

(…家庭でも仕事でもせかされてばかり)


――俺はもともと人と仲良くなるのに時間がかかる方だった。

中学時代は文芸部で、部員は俺一人。おじいちゃん先生と二人で短歌を作っていた。

キリコもどちらかと言えば人見知りだったけど、職業柄、取材に行くこともあって、人の話を聞くのは上手い方だと思う。

だから俺も六年前に出会って、キリコが色々と話を聞いてくれるから、キリコには本音で話せるようになっていた。

二人の関係はうまくいっていたと思う。

それから奏太が産まれて、二人とも初めての育児でいっぱいいっぱいで。

俺は仕事もあるし、基本的には育児と家事をキリコに任せきりだった。

もちろん俺にやれることはやってきたつもりだけど。

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あれはいつの頃だっただろう。まだ奏太が一歳前だったと思う。

仕事中に何度も何度もキリコから電話が掛かってきていた。

でも俺はクライアントに謝罪に行ったりして、外に出ずっぱりの日だったから、届いていたメッセもろくに読めていなかった。

混みあっている東西線のホームで、俺はキリコに折り返しの電話を掛けた。

   「…ごめん、な(に?)」

キリコ 「奏太が! ミルクを全部吐いちゃって…。すごい勢いだったの、噴水みたいで…心配だよ。どうしたらいいんだろ」

   「え! それって大丈夫なの?」

キリコ 「わかんないよ。ねえすぐ帰ってこれない?」

   「ムリだよ…。これから次のクライアントのところに行かないといけないから…。俺が帰っても病気のことはわからないしとりあえず、小児科行ってもらえる? 今日は早めに帰るから」

キリコ 「…でも外、すごい雨だよ」

   「あー、タクシー呼べる? お金はあるよね? …あ、ごめん、電車来たから一旦切るね」

その日は一日中、本降りの雨で、俺は服も靴もびしょ濡れになりクタクタで帰宅した。

リビングに向かうと、何かを拭いたと思われるティッシュやタオルが散乱し、キッチンには昨晩使った皿がまだ洗わずに置かれ、臭いを放っている。

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(…すごいな)

俺はふっと息を吐き、真っ暗な寝室に向かう。

すると壁にもたれ掛かり、床に座って奏太を抱っこしているキリコが呆然としていた。

ドアが開き、光がキリコの顔に当たると、キリコはゆっくりと俺を見た。

キリコ 「…今、やっと寝た。ごめん、何もやれてない」

   「そっか…。なにかコンビニで買ってくるよ」

俺は再び濡れた靴を履いて、外に出た。

そんなことが何度かあって。

でも奏太が一歳半になった頃、キリコの様子は変わっていた。

例えば奏太が熱を出して、寝込んでいたとき――。

   「小児科に連れて行かなくていいの?」

キリコ 「うん」

   「でも奏太、すごく熱いよ?」

キリコは大して心配した様子でもなく、普通に家事をしながら、時々スマホを手に取り、誰かとメッセのやり取りをしている。

   「聞いてる?」

キリコ 「だから大丈夫だって。熱はあるけど、食欲はあるし、嘔吐も下痢もしてないから。みんなにちゃんと相談してるから」

   「みんなって?」

キリコ 「ママ友とか、いろいろ。だって…だってパパじゃ、分からないでしょ? 相談したって」

   「………」

俺はなんて答えたらいいのか分からなかった。

それからはとにかくその場しのぎで、言われるがままにやってきた気がする。


◆◆◆


奏太  「パパ~! 楽しいね」

奏太の声で我に返り見ると、ニカッと笑う奏太の前歯にチョコが少しくっ付いていた。

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