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公開 2017年05月19日  

後悔してる。風呂掃除する前に牛乳プリンを食べるべきだった、絶対に。/連続小説 第7話

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息子の奏太がおもらしパンツを洗いながら、夫の満へのイライラがどうにも治らないキリコ。そんな自分自身にうんざりしかけたその時・・・。物語は急展開を迎えます。


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今日のラッキースイーツは「牛乳プリン」。

でも、その前に掃除洗濯を片付けて、それから至福のひと時をね。

私はお風呂場で奏太のよごれたパンツを手洗いすると、これでもかと絞って、洗濯機に放り込んだ。

キリコ 「ふー。どうせ風呂も私が洗うんでしょ?やりますよ、やりますよ。私は円田家の家政婦ですわ。」

わかっている。私はいま、卑屈になっていると思う。

イライラしながら浴室用洗剤を手に取り、思い切りノズルを握って風呂場のあちこちに泡をまく。

うっかり目の前の壁にも噴射してしまったため、勢いのある泡たちが私の顔めがけて飛びかかって来た。

キリコ 「…うっ! ぺっ、ぺっ。…あー、口に入った最悪」

風呂場の水道の蛇口をひねり、口の中を洗おうとすると、切り替え部分がシャワーになっていて、今度は服を濡らす。

キリコ 「わー! もう…!」

一つ大きなため息を吐き、私はバスタブ内に足を入れ、しゃがみ込んで洗い始めた。

洗いながら、先ほどの夫の言動が蘇ってくる。

(一人でサクッとチョコを買いに行こうとするってどうよ? どうしてパパは私が何か言わないと動かないんだろ。状況を察して行動するってことができないのかな)

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キリコ 「あーあ、本当なら今日、少しはリフレッシュできるはずだったのに。たかだか料理教室の二時間だよ? 一か月のうちの二時間…」

私は今朝から引きずっている恨みつらみを吐き出すように、愚痴を声に出す。

キリコ 「本当ならさ、一人で自由に買い物にも行きたいし、アンパンマンやトーマスじゃなくて、ジャジーな音楽とかさ、オルタナティブロックやハウスミュージックとかさ、若い頃に聴いてたような音楽を聴きたいわけよ。奏太が幼稚園に入園したら、またライティングして、自由なお金が欲しいしさ」

ぶつぶつと言っている自分が、浴室内の鏡に映る。

キリコ 「…そしたらさ、こんなボサボサの髪じゃなくて、綺麗にして、爪も割れまくってボロボロじゃなくて、ネイルして。愚痴じゃなくて、楽しい話ができる相手と出かけたい…。とにかく一旦、一人になりたい、一人の時間がほしい…」

気持ちを吐き出して楽になろうとしたはずが、「一人で何やってるんだ」と心がしぼんでいく。

キリコ 「…ダメだ、なんか具合悪くなってきた。はぁ…。」

そして、思い出す。

キリコ 「プリン…。そうだ負けるなキリコ! お前には牛乳プリンがあるだろう! よし、そうと決まれば…」

勢いよく立ち上がり、バスタブから出ようと片足を上げた次の瞬間――。

キリコ 「うわぁあああ!!」


――ドーーーン!!


泡に足を取られた私は見事なまでに尻もちをつき、腰を強打した。

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キリコ 「……っ」

あまりの痛さに声が出せない。

血の気が引き、あぶら汗が吹き上げてくる。

(…た、たすけて。死ぬ…。たすけて、誰か)

身動き一つできずにいると、玄関の鍵が開く音がして、奏太の元気な声が聞こえてきた。

奏太  「おかえり~!」

   「ただいま、でしょ」

奏太  「ママ~! ママ~?」

   「あれ、出かけたのかな?」

二人の声が近づき、風呂場を覗いた夫が「ひぃっ」と声を上げる。

   「…キリ! どうした!?」

奏太  「ママ!!」

キリコ 「う~…、う~っ…」

(…転んだの。泡で、すってんころりんと。…ものすごく痛いの)

私はどうにかジェスチャーで説明しようとするがまったく無理。

   「え? なに? なに?」

キリコ 「う~…、う~…」

   「…あー、もう、こういう時は…救急車、呼ぼう、救急車!」

夫は慌てた様子でスマホを取り出し、奏太は私の頭を撫で始めたのだった。
(優しい子だよ…奏太)

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――古びた総合病院の病棟。

私は仰向けでベッドに横たわり、初めましてな天井を見ている。
(人生なにがあるか分からない。というやつを今、体験しています)

私は産後、骨粗鬆症ぎみになっていたようで、腰を圧迫骨折してしまった。

四人部屋の、ベージュのカーテンで仕切られただけの狭い個人スペース。

テレビが置かれた台の横で、夫はパイプ椅子に座り、その膝の上に奏太が座っている。

奏太  「ママ、いたい、いたい?」

奏太は初めての事態に心底、心配そうな顔をしている。

キリコ 「うん。でも仰向けに…こうやって、お顔を上にしてれば痛くないよ。動くと痛い」

奏太  「ふーん、いたいのいたいの、飛んでけ~」

キリコ 「ありがとう」

夫は足元に置いてあったトートバッグをテレビ台の収納スペースに入れる。

   「必要なモノは一応持ってきたけど、また何かあったら連絡して」

キリコ 「…うん。それより明日からどうする…奏太」

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   「それなぁ…」

キリコ 「仕事は休めないの?」

   「うーん、そうだな…。」

キリコ 「そうだなって…じゃあどうするのよ。うちの実家はムリだよ、お父さんしかいないし。お姉ちゃんちもお義兄さんの家に入っちゃってるから、お姑さんが良い顔しないし」

(一人になりたいと思ったけど…さすがに入院はまずい。やっぱりお風呂を洗う前に牛乳プリンを食べるべきだったのか…)

後悔で頭を抱えつつ、夫が頼りないことを知り尽くしている私はさらに強く頭を抱える。

   「あのさ、こういうときって、みんな普通どうしてんの?」

(ほら、見たことか…)

キリコ 「………そうだな。とりあえずパパの実家に電話するか、市役所にでも相談してみてよ。一時保育とか何かいい手があるかもしれない」

   「わかった。まあ、きっとどうにかなるだろ」

キリコ 「………」

   「奏太、帰ろう」

奏太  「え、ママは?」

   「ママはここにお泊り」

奏太  「奏太も」

   「奏太はパパとおうちに帰ろう」

奏太  「やだ! ママといる!」

   「ダメなの。さ、帰ろう」

奏太  「ママ~!!!」

奏太の可愛い顔が崩れ、大粒の涙が流れ始める。

   「じゃあね。お大事にね。」

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夫は奏太を抱えると、ささっと病室を出て行った。
(…ごめんね、奏太)

胸が締め付けられると同時に、夫の納得いかない言動がリプレイされる。
(なんかいつも他人事なんだよね、パパは)

夫に呆れつつ、夫と奏太、二人だけの生活がどうなるのか――。

キリコ 「おー、…っっ痛」

想像しようとしたら、腰の痛みがぐっと増して私はシーツの端を握り締めた。

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