大人には「わからない」と感じてしまうことが多い、子どもの世界。
前編では、「りんごの木」の保育者・柴田愛子さんに、子どもの世界が見えるようになった経緯と、子どもと一緒に楽しく暮らすために実践している“諦め”と“工夫”について聞きました。
心が軽くなってきたところで、後編では、いよいよ未知すぎる子どもの世界へ。
「わからない」が「おもしろい」に変わるヒントは、実はとっても意外なところにありました。
「大人が遊びを断ってもいい」保育者・柴田愛子さんの『大人と子ども関係論』
57,165 View「子どものために…」と自分を犠牲にしていませんか?“子ども側に視点を置く”ことは、“子どもの言いなりになる”ことじゃない。子どもも親も、自分を大事に。そこから、自分たちらしい家族のかたちが育まれていくのです。
“クレヨン削り”を覚悟して眺めたら…
―― 前回は子どもとの暮らしでの“諦め”と“工夫”についてお聞きしました。
その中で私が感じたのは、愛子さんご自身が探究心をお持ちだってことです。
子どもが次から次へと引っ張り出したティッシュをまた取り出せるようにたたみ直してみようなんて、私はめんどくさいって思っちゃうと思うんですが、愛子さんはそれをおもしろがってらっしゃる。
その感性や探究心はどこから来るのかな、って。
感性や探究心って、実はみんな持っていると思うの。
でも子育てしていると、「これはしないでほしい」と子どもの探究心にストップをかけることばかり考えちゃって、大人は自分の心を動かさなくなってきているのかもしれない。
子どもを見守って「おもしろい」と思えると、自分の心も復活してくると思うわよ。
―― 愛子さんの眼差しからは、その「おもしろい」と思うためのヒントが見つかる気がします。
私が「諦める」からもう一歩進んで、子どもを「おもしろい」って思えるようになったのは、覚悟して眺めたからなの。
昔ね、クレヨンをおろし金でおろしはじめた子がいたのよ。「きれー!きれー!」って、目をキラキラ輝かせて。
―― そんなに喜んでいると、「ダメ」って言いづらいですね(笑)。
そうなのよ。しかもそういうことに限って、どんどん流行っちゃうのよね(笑)。
そのときにね、「困ったなぁ、でもこんなに喜んでいるしなぁ」って葛藤している自分がいたの。「私はなんで葛藤するんだろう?」って考えたんだけど、「これは絵を描くものだ」と思っているからだったのよね。
―― どういうことでしょうか?
つまりね、クレヨンって私にとっては描くものだけど、初めて出会う子どもにとっては、色の棒でしかないってことに気がついたの。
それを「おろしたらきれい」って発見することは、いいことなのかも、って思うようになったのね。
―― 確かに、見え方が変わってきますね。
それで、「要らなくなったクレヨンください」って保護者の人に呼びかけて集めて、見守ることにしたの。
そうするとね、今度は油粘土に混ぜだしたの。それがきれいなのよ。
さらに次は水に溶かそうとするんだけどね、今度は溶けない。水と油だからね。
―― すごい!科学者の実験みたいですね。
そうなのよ。その後もチョークを削って泡の中にいれたり、チョークの粉と石鹸の粉を混ぜて色をつくったり。
子どもって、自分でどんどん遊びから発展して思考して科学していっているわけよ。
そんな風に、「案外おもしろいこと考えてるのね」とか、「気持ちいいのかもしれないね」って距離をあけて眺める余裕ができたとき、自分の中の感性が蘇ってきたのよね。
大人だって、本当は…やりたい!
―― 今の子どもたちの実験のお話、私もワクワクして聞いていました。
さっき、保育者が子どもと一緒に濡れていたでしょ?
最初は、誰でも濡れるのは嫌なのよ。
でも、一回濡れちゃうと「もういいか」って諦められて、子ども心が復活して遊べる。
案外気持ちよかったりするのよね。
私なんて、凧揚げしてたとき、楽しくなって糸をどんどん伸ばしてたら、糸巻きの最後が結んでなくて…。凧が飛んで行っちゃって、子どもに泣かれたこともあったっけ(笑)。
そこまで行くと、子どもと「楽しい!」を共有できるのよね。どちらかと言うと大人が盛り上がっちゃって、子どもがついてくるって感じになることも多いけど(笑)。
―― 小さな子どもの場合は、どうでしょう?
たとえば0〜1歳は、大人が楽しんでいることよりも、もっと感性的に楽しんでいることのほうが多いから、どうやって一緒に遊んでいいかわからないって言う人も多いわよね。
でもそれは、「遊んであげよう」って思っているからじゃないかしら。
「子どもの遊びを真似てみよう」って思えばいいと思うの。
私は、子どもがごろごろしてたら一緒にしてみるし、鼻の下伸ばしてたらそうしてみる。
この前も、新聞紙で遊んでるから一緒に破ってみたらね、もう楽しくって。思いっきり手を動かすものって、大人だって結構楽しいのよ。
これ(襖の破れ)だって本当は、ちょっとやりたいじゃない?(笑)
―― やりたい、やりたいです!(笑)
そうやってね、私たちの記憶以前の、何を楽しんでいるかわからないときは、子どもと同じことをやるだけで充分一緒に楽しめるんだってわかってきたの。
でもここで注意したいのは、大人はすぐに次のステップを要求しちゃうってこと。
―― 次のステップ?
たとえば子どもがボールを蹴ってたら、「サッカーしよう」とか言ってすぐ教えたくなっちゃうじゃない。
でも子どもは、ゴールに蹴りたいとは思ってないし、能力的にもまだ身についていないから、「つまんないからもういい!」ってなっちゃう。
―― あぁ、ありますね〜(苦笑)。
でしょ? そうじゃなくて、同じレベルでいれば、「遊びを教えてあげる人」じゃなくて、仲間になれる。
仲間意識が芽生えると、子どもも大人も、すごく楽しい時間になるのよね。
私は、子どもの誘いを平気で断る
―― 「子どもと仲間になる」って聞いて、すごくワクワクしてきました。ただ私、どうしても気分が乗らなくて、子どもの遊びに集中できないときがあります…。
私はね、「遊ぼう」って言われても「今は遊びたくないんです」って平気で断るのよ。
―― えー?そうなんですね!
そうしたらね、子どもも私が何か言ったとき、「嫌」ってはっきり言うようになったの。
お互いに、気持ちを正直に言えるようになった。
「一緒に遊ばなきゃいけない」って強迫観念みたいに思い込んでいる大人って多いと思う。
でも、そのとき子どもがキラキラ目を輝かせて遊んでいるなら、一緒に遊ばなくてもいいと思う。
もちろん、危ない場面だけはしっかり見守ってあげてね。
私、こんなに「子どもと遊んであげなきゃ」っていう時代って、初めてだと思うの。
私の家もそうだったけど、大人は食べていくために忙しく働いて、子どもは割と放っておかれて勝手に遊んでいた。
それが、健康な社会だったと思う。
それが今、子どもたちはいつも監視下に置かれて、自由がどんどんなくなってる。
子どもが自らやっていこうっていう能力とか、本音で生きていく能力も、失せてきているのよね。
―― 一方で働くお母さんの中には、「遊んであげる時間がない」と罪悪感を抱えている人もいるかなと思います。
罪悪感なんて、全然必要ないと思うわよ。
いろんな子を見てきたけど、子どもは自分で育っていくって私は信じてる。
転ばぬ先の杖を持たせるよりも、杖なんか持たせずに、転んだときに「大丈夫?」って寄り添ってあげる。
そういう目配りは必要だけど、普段、口や手や足はあまり出さないでいいと思うわよ。
親も子も、それぞれ違っていい
―― 愛子さんのお話を聞いて、子どもも大人も、それぞれに自分を大事にすることで楽に気持ちよく一緒に暮らせるんだな、って思いました。
そう。子育てを「あるべき」で考えて自分らしさにフタをしている人もいるけど、自分を大事にせずして子どもだけ大事にしたら、子育てほど苦しくて嫌なことはないのよね。
りんごの木のスタッフにもね、ストレスが溜まったとき、休む判断は自分でしてね、って言ってるのよ。
「ハードに働きすぎてるからちょっと旅行してくる」とか、もっと自分を大事にしていていいと思う。
そうやって楽になって子どもを眺めると、「案外おもしろいことやってるな」って気づける。
それでね、一緒にやってみると、ハマったりするのよ。泥団子づくりなんて、ハマるハマる(笑)。
親は子どもを育てる義務はあるし、責任はある。
でもそれは生命をつなぐための義務であって、いつも快適に楽しく暮らせるようにする義務ではないと思う。
―― 親子でも、違う人間ですしね。
そうそう、家族って社会の原点ですよね。
だからみんな同じになる必要はないし、同じになっちゃいけないと思うの。
子どもも大人も一人ひとりが違うし、お父さんお母さんの子育て感だって違うのよね。
一人ひとり違う人が集まっているのが社会で、その原点が家族。
だから、親も子も自分らしく。
そこから、いい関係をつくっていけるといいわね。
(インタビューはここまで)
***
愛子さんのお話を聞いて、私は、「りんごの木」に流れる家族のようなおおらかさの理由がわかった気がしました。
“子ども側に視点を置く”と聞くと、一見、大人は子どもの言いなりになって、自分を犠牲にするようにも感じられます。
でも、「りんごの木」が大事にしているのは、大人も含めた「一人ひとりの自分らしさ」。
子どもが自由に自分を表現するためには、大人も自由である必要がある。
つまり、大人が自由だからこそ、子どもの自由が保障されるのだろうな、と。
個が尊重される、社会の原点としての大きな家族「りんごの木」。
愛子さんの言葉をヒントに、親も子も自分を大事にすることで、自分たちらしく親子の時間を楽しめる家族が増えることを、心から祈っています。
柴田愛子:
りんごの木代表。保育者。1948年東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが、多様な教育方法に混乱して退職。一度はOLを体験してみたが、子どもの魅力が忘れられず、私立幼稚園に5年勤務。1982年、仲間3人で、トータルな子どもの仕事をめざし、横浜市都筑区に「りんごの木」を創設した。
35年以上に渡り、「子どもの心により添う」を基本姿勢とした保育を展開。子どもたちが生み出すさまざまなドラマを大人に伝えることで、子どもと大人の気持ちのいい関係づくりをしたいと願い、子育てや保育の本や絵本の執筆、講演など幅広く活動中。
(執筆:池田美砂子 / 写真:中野亜沙美 / 企画編集:三輪ひかり)
前編・番外編はこちらからお読みいただけます。
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