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公開 2018年02月27日  

嫌な予感はしてたんだよ、電話でなきゃよかった。 / 第7話 side満

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マネージャー業務に加えてお直し業務担当をすることになり残業が続く満。やっと奏太と遊べると思った週末の土曜日も、急遽休日出勤になってしまう。やっとアシスタントたちの面談を終えてホッとするも、社長から「服のお直し業務」担当になるように言われてしまう。服が大好きで、スタイリストを目指していたはずなのに、やりたかった仕事とどんどん遠くなっていってしまう…。


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第7話 side 満



今日は本当についてない。

朝はもう少し寝ていたかったし、奏太と遊びたかった。


それが俺は休日出勤でマネージャー業から外されて「お直し」担当になっちゃうし…。
明日も休日出勤確定したし…。奏太は気管支炎。


もうこれ以上、最悪なことは起きないだろう。…起きないよね? 


そんなことを考えていると、黒沢から電話がかかってきた。



25歳の黒沢はうちの会社でアシスタント登録をしている。

センスが良く、綺麗な顔立ちで、あまりおしゃべりは上手じゃないけど、意見を押し付けないからお客受けもよかったし、ケンゾーに付いてよく働いてくれていた子だった。


それなのに、なぜか秋口からまったく仕事を請けなくなり、幽霊アシスタント化している。


ここ1ヶ月は電話にも出ない。折り返しもない。メールの返信だってない。
一体どうしてしまったんだろうか。気になりつつ、日々の忙しさに流され、今やっと黒沢の生存確認ができた。



   「あ、もしもし」

黒沢  「……お疲れさまです。黒沢です」



ん? かろうじて聞き取れたけど、大丈夫か?



   「久しぶりだね。元気だった?」

黒沢  「…ぁ、ぇ」

   「…あーあのね。ちょっと話したいことがあるんだけど、事務所に来れるかな?相談したい仕事があってさ」

黒沢  「…仕事」

   「うん。いつなら空いてる?」

黒沢  「今日…今からなら空いてます」

   「……ぇ」



えっと…今日が土曜日だよ?

俺はさ、たまたま休日出勤してるけどさ、本当はさ、もう家に帰って奏太の看病をしたいなぁって思ってるんだよね。

だってさ、きっとキリも怒ってると思うんだよ。

原稿の〆切も夕方だって言ってたし。メッセの返信してないしきっとテンパって…。



黒沢  「ぁ、あの、でも…」

   「ん? なに?」

黒沢  「…事務所には…あまり行きたくないです。すみません…別の場所でもいいですか?」

   「……今、どこにいるかな?」

黒沢  「有楽町の…貴洋製作所です」



アクセサリーパーツ専門店の貴洋製作所にいるってことは、服飾関係がキライになったわけじゃないんだな…。


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   「そっか。ちなみに平日で会える日ってある?」

黒沢  「…ぁ、ぇ」



あぁダメだ。今を逃したらもう会えない気がする…。



   「やっぱり今からそっちに行くよ。お茶でもしながら話そうか」

黒沢  「ぁ、ぉ、お昼ご飯がいいです。まだ…食べてないんです」

   「…あー、うん。わかった」



俺は食べたばかりだけどね、という言葉を飲み込み、俺は有楽町に向かった。

そして黒沢が指定したシンガポール料理店「空海飯店」に入ると、ココナッツミルクと鶏飯の良い香りが漂っている。


ランチ時間を過ぎてもにぎわっている店内を見回すと端っこのテーブル席に真っ黒い固まりが見えた。

…いや、人だ。

地毛ではなく、おそらく真っ黒なカラーリングをしたマッシュボブ、服は上下黒。

しかし近づくと分かる。

黒は黒でも色んな素材の布を使っていて、黒い糸で草花の刺繍が施してあり、黒いビーズも光を受けてキラキラと光っていた。


一目で見て分かる。この服は黒沢の手作りだ。



   「お疲れさま」



俺の声に真っ黒の中から透き通るような白い顔が出る。



黒沢  「…ぉ、お疲れさまです」



俺が席に着くと、黒沢はチキンライスを頼み、俺は「胃腸に良い」と書かれていたケツメイシというお茶を頼んだ。

小さな口でちょぼちょぼ食べる黒沢を見つつ、俺はお茶をすすり、姿勢を正す。ケツメイシが胃に染みる。



   「最近どうしてた?」

黒沢  「ぁ…、ぉ洋服を作っていました」

   「仕事で?」

黒沢  「ぃぇ、着る物を作るのは私にとって基本のことですので」

   「…そう。じゃあ、仕事は? うちで全然してないけど…何かしてるの?」



確か黒沢は一人暮らしだったから、収入がないと生きていけないと思うんだけど…。



黒沢  「深夜の工場でアルバイトを少し…」

   「そうなんだ」

黒沢  「心と空に反して、太陽が出てる時間にはとてもそんなことは出来ませんし…」


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ん? どういうこと? 引っかかりつつ、とりあえず流して俺は続ける。


   「それで…なんでうちの仕事を請けなくなったのかな? 服飾がキライになったわけじゃないよね?」



俺の言葉に黒沢はピタリと止まり、服に刺繍された草花を撫でる。



黒沢  「満さん、草花たちが本当のことを話しなさい、というのでお話しします」

   「え? あ…うん、お願い」



いちいち止まっていたら進まない。止めるな俺、戸惑うな俺。



黒沢  「私は花の香りのような、星のきらめきのような、太陽の温かさのような、そんな服を作りたいと思っていました。服以外には興味が一切ありませんでしたので、本当のところ、スタイリストのアシスタントは、ビーズや糸、パンやぶどうジュース、靴や布を買うための、お金を得る手段として始めたんです」

   「あぁ…うん」



どうしてだろう…。内容が童話に聞こえてくる…。

黒沢は両手を合わせニコリと微笑む。



黒沢  「そんな不純な動機でしたが、まるで蝶が羽ばたくようなケンゾーさんのスタイリング術を傍で見て、こういう世界で生きるのもいいかもしれないと思い始めました。ケンゾーさんの手によって作り上げられていく空間の素晴らしさに、私は光を見ました」

   「じゃあなんで…」



続いて黒沢は両手で両肩を抱き、目を閉じる。



黒沢  「気づいてしまったのです。私は自由を、空を、海を愛しているのに、スタイリングも、そしてデザインも、依頼主、買い手、そういったものに支配され、愛している服が奴隷になってしまうことを…」

   「…奴隷ってどうかな。依頼主とか買い手がいるから俺たちの仕事はさ…」



黒沢はぱっと手を開き、何もない空間を見つめる。



黒沢  「だから私はもうあのお城に行くことを辞めたのです」

   「んん? お城?」

黒沢  「王子がいる城…。でももうその王子にはお妃が…。私は魔法使いにカエルにされた身…」



…あぁ、もうムリだ。



   「ごめんね…。俺にもわかるように話してくれるかな…? 」

黒沢  「…ぁ、すみません。私が言いたいのは、愛しているモノを自由に愛せないのなら傍にいたくないということです…。服の傍にも…ケンゾーさんの傍にも…」



…ん? もしや王子ってケンゾーのことなのかな? 

つまり王子のいる城っていうのは、ケンゾーのいる事務所ってこと?



   「あぁ!」


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そういうことか。俺はすべての謎が解けた探偵のように手を打った。


   「だから秋口から音信不通だったのか。そっかそっか、ケンゾーくんが結婚したのは夏だったもんね」

黒沢  「………」



視線を感じ黒沢を見ると、雨の日に捨てられた子犬のような顔をしている。ごめん、もうケンゾーの結婚話はやめよう。



   「…王子がどうのこうのっていうのは、ちょっとあれだけど、黒沢さん、そんな素敵な服を作れるんだから、続けた方がいいと思うけどな。うちの会社じゃなくても…」

黒沢  「先ほども言いましたが、買ってくれる人がいないと、私はビーズもパンも」

   「ぶどうジュースも買えないんだよね、うん。まぁ、好きなだけじゃ難しいっていうのは分かるよ。俺も学生の頃は一応、デザイナー目指して服を作ってたから」

黒沢  「ええええ!!!」



小声だった黒沢が急に大きな声を出すから、俺の体が上下に揺れた。



   「びっ…くりしたぁ」

黒沢  「み、み、満さんって服飾学校卒なんですか!?」

   「………うん、まあね」



…え、そんなに意外?



黒沢  「あ、あの! ぜひ教えていただけませんか?」

   「ん、なに?」

黒沢  「愛しているモノの諦め方を!」

   「え…」

黒沢  「私、お洋服以外に興味が持てません。でも愛しているモノで食べて生きていく大変さも分かってしまいました。心や太陽、小鳥たち、草花たちにウソをついてまで誰かを着飾ってあげられる強さがありません…。だからお洋服は自分のためだけに、思うままに愛したいんです。でも…どうやったら満さんのように愛せない仕事と向き合って生きていけばいいのか見当もつかないんです」

   「………」



うん、なんか…泣きそう、俺。今日まだあったんだ、最悪なこと。

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※ この記事は2024年11月16日に再公開された記事です。

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