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公開 2018年04月03日  

夫と2人でデートっぽい雰囲気とか、心の準備できてないって。 / 16話 sideキリコ

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ヨリミチビヨリの編集者・吉田との打ち合わせを終えたキリコは、吉田に言われた「色んな可能性」をみてみるという言葉を考えながら、満と奏太の待つ岐阜に向かった。しかし、奏太がお昼寝してしまい、満とふたりきりで過ごすことに――。


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第15話 side キリコ

川口から名古屋に向かっていると、新横浜駅を過ぎたあたりで夫から「奏太が寝ちゃったから俺ひとりで名古屋駅に向かいます」とメッセが届いた。

お昼寝するなんて…奏ちゃん、遊び疲れちゃったのかな。

そんなことを思ったり、ずっと吉田さんの言葉を考えながら、2時間――。


名古屋駅に着き、言われた通り、「太閤通口」を出て噴水の前に向かうと、パァパッ! とクラクションを鳴らされた。

音の先に停まっている軽自動車の運転席から夫が私を見ている。…ん? 珍しく笑ってる。

小走りで車に近寄り、後部座席の扉に手をかけてからハッとする。
奏太がいないんだから後ろじゃなくていいのか。

「奏ちゃん寝ちゃったんだね」なんて言いながら助手席に乗り込んだ。

…あれ、夫の隣に座るなんていつぶり? 夫と狭い空間で2人きりなの、いつぶり?

わー、なんか落ち着かない。もともとは私と夫、2人だけだったのに。


   「いっぱい遊んだからね」

キリコ   「え?」

   「…ん? 奏太」

キリコ   「…あぁ…そっか。よかったね」


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夫が自分のスマホを取り出し、不意に音楽を流し始める。

…ソ、ソ、ソイルアンドピンプセッションズ。
これ、付き合い始めたとき2人でよく聴いていたインストジャズバンドじゃないの。

ど、どうした…。デートみたいな雰囲気じゃないか…。


動揺している私に気づかず、車は発車する。


   「江原が広めの公園に連れてってくれてさ。ふふ。笠松町のかさまるくんってキャラクターがどーんって大きいのがいてさ。遊具がすごいの。グリーンセンターの滑り台みたいのがあって」

キリコ   「へぇー」

   「もう奏太、大はしゃぎ。なんか怖いくらいに大はしゃぎ。ふふ。それで帰る頃になってやっと江原の子どもたちと一言二言、会話して」

キリコ   「あぁ、いつものパターンね」

   「誰に似たのかな? 江原はさ、俺にそっくりとかいうんだよ。否定できないけど」

キリコ   「そうね」

   「なーんか俺も久々に公園で遊んでまったりしたなぁ。こっちには何もないって思ってたけど、子どもにとっても、俺みたいなアラフォーおじさんにとってもいいのかもしれないなぁ、なんてね」


あぁ、色んな違和感すごい。


   「…ん? どうかした?」

キリコ   「…いやなんか、パパがすごいしゃべるし、好きな音楽が流れてるし、奏太はいないし、非日常すぎて、なんか…」

   「…そう? 江原がすごいしゃべるから、つられたかな。あとソイルはさっきラジオで流れてたの。懐かしいなぁーと思ってさ、つけてみただけ」

キリコ   「ふーん」


なんだか楽しそうな夫を見て、私も気分が良い。無表情で口数が少ないより、良い。

きっと夫も、地元で友達と過ごすのは楽しいんだろうな。

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   「…で、そっちは? どうだったの? 打ち合わせ」

キリコ   「あー、うん」


ママ、これ取って! ママ、動画見せて! という突っ込み担当が不在のため、私は吉田さんとの打ち合わせについてスラスラと流れるように話せた。


   「レーダーグラフねー。色んなこと考える人がいるねー」

キリコ   「だね。文系のようで理数系の人なのかな? あ、でも文章書く人って意外と理数系って話を聞いたことある」

   「キリもお金の計算、得意だもんね」

キリコ   「…なんかお金だいすきみたいでどうなのそれ」

   「お金だいすきじゃん?」

キリコ   「そんなことないわ」

   「ふふ。10年後かー。奏太は13歳…中1? 兄ちゃんが茶髪にした頃か」

キリコ   「えー。やだー。そんな奏ちゃん、やだー。10年後、奏太がまっすぐに育っててくれたらそれだけでいいわー」


夫とゆっくり10年後の奏太の話をしている。そんなイレギュラーな時間が心地いい。

夫の口数が多いのもあって、まるで2人だけの頃に戻ったような不思議な感覚があった。


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   「ここかな」


20分ほど経った頃、住宅街の中にまるで小さなテーマパークのようなキラキラした空間が現れた。

白い外壁が敷地内を囲み、優しいオレンジ色の電飾や街灯が幻想的な雰囲気を作っている。
入り口には「famile heureuse」と書かれた看板がある。


キリコ   「うわー、めっちゃ雰囲気いいじゃん」

   「キリ好きそうだね」

キリコ   「ファミーユ…なんだっけ?」

   「ファミーユ、ウルーズ。幸せな家族っていう意味らしいよ」


駐車場に車を停めて、外に出るとその南フランスの田舎を思わせる建物たちに心が躍る。

キリコ   「カフェとか雑貨屋もあるんだよね!」

   「奏太はお留守番だし、ゆっくり見てくださいよ」


夫と並び歩き出すと、少し遠くの広場のような空間で王子様とお姫様の衣装をまとった子どもたちがいることに気づいた。


キリコ   「ねぇ、見て。かわいい。奏ちゃんと同じくらいかな」

   「うん」


立ち止まって見ていると、「はーい、いいですか~」と声がして、カメラマンがやってくる。

今や死語なのかどうかさえ分からないけど、ちょい悪オヤジっていうのかな。おじさんだけど絶対モテるわ~! みたいなその人の後ろから照明を持った男性、腰に髪留めや櫛などがささったウエストポーチを付けている女性、そして子どもたちの両親らしき人たちが続く。


   「すごい。機材が雑誌撮影のものと同じだよ」

キリコ   「本格的なんだね」


照明とカメラを向けられた子どもたちが自然と微笑み、撮影が進んでいく様を、夫と2人で見つめる。そしてチラリと夫の横顔を盗み見る。…あぁ、うん。いい顔してる。


カメラマン「はーい、お疲れ様です。すんごい可愛かったし、かっこよかったよ。えーっと、中で着替えをして終わりになります。あ、もう6時半だ。うちは7時で閉店ガラガラ~ですから。あはは」

男の子 「ガラガラ~ってなに? きゃははっ」

女の子 「きゃははっ」

ママ  「じゃあ、中に入ろう」


一同がフォトスタジオ内に去って行き、静けさに包まれる。

夫はといえば…まだぼんやりしてる。

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※ この記事は2024年09月27日に再公開された記事です。

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