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公開 2018年05月18日  

好きなことを諦める方法なんて、やっぱり分からないよ。 / 28話 side満

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満が小さい頃からの家族行事だった「ほうれん草の収穫」は地域や子どもたちもたくさん集まるにぎやかなものだった。キリコと奏太と一緒に参加しながら、家族のこれからに向けて気持ちを共有できたキリコと満。そして、フォトスタジオの入社面接に向けて満が作り始めていた奏太の服が完成した――。


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第28話 side 満

うー、腰が痛い。

眉間に皺を寄せながら目を覚ますと実家の布団の中だった。

あぁ、そうか。

午前中、毎年恒例のほうれん草取りをしたんだった。

そしてふと、夢を見ていたな、と気づく。

朝日を浴びながらキリと話したあの場面が夢の中でも繰り返されてた。


「来年もやろう」

キリコ「そうだね」

「来年も再来年も、ずっとやれるように面接がんばるよ」

キリコ「うん、頼んだ」


フリープランを辞めて岐阜に家を買ったとしても、家族を優先できるような仕事に就くことが出来なければ意味がない。

フォトスタジオの面接、ぜったいに成功させないと。


…あれ?

奏太とキリはどこだろう。

痛む腰に手を当て立ち上がり、家の中を見て回るも2人の姿がない。

庭に目をやる。

子ども用自転車がないってことは公園かな。

昼間から寝静まっている実家を出て、俺は公園に向かった。



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天気はいいけど寒い。

家の中で遊べばいいのに、そうはいかないのか。

公園に着くと砂場に奏太とキリ、男の子とそのママらしき人がいた。

…ん?

なんか奏太、困った顔してないか?

不思議に思いながら近づくと最初にキリと目が合った。

キリもなんか変な顔してるぞ?

「なに?」と口だけ動かしてキリに伝えようとしていると奏太が俺に気が付いた。


奏太  「パパ!」


奏太の声と共に全員の視線が俺に向けられる。

男の子のママらしき人が立ち上がって俺に会釈する。


圭吾ママ「こんにちは」

   「こんにちは」

キリコ 「よく公園で遊んでもらってる圭吾くんと圭吾くんのママ」

   「あー、いつもありがとうございます」

圭吾ママ「いえいえ、うちの方こそありがとうございます」


話しているとベビーカーを押した男性が近づいてきた。


圭吾ママ「あ、うちの主人です」

圭吾パパ「どうも」

圭吾  「パパ! このひと、そーたくんのパパなんだって!」

圭吾パパ「うん。ケイ、お友達できてよかったな」

圭吾  「うん!」


一通り挨拶をし、予定があるという圭吾家族が先に帰って行った。

「バイバーイ!」といつまでも何度も手を振る圭吾に、奏太は小さく手を振り返している。

元気な良い子だな。

ところで…さっきのなんか気まずい感じの雰囲気はなんだったんだろうか?

再びキリを見ると、キリは俺が言わんとすることを察知し、手のひらを出して「あとでね」とジェスチャーした。

なんだよ、気になるじゃないか。

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――そして夜。

奏太が夕飯を食べながら寝落ちしてしまい、俺はキリと2人で話そうと外に連れ出すことにした。


   「ちょっとキリ」

キリコ 「なに?」

   「コーヒーでも買いに行こうよ」

キリコ 「えー、寒いじゃん」

   「いいから、ほら」

キリコ 「意味わかんない」


若干キレられても、俺はキリに聞きたい事があった。

キンキンに冷えた夜道を歩く。

俺だって本当は寒いの苦手…。


キリコ 「公園のことを聞きたいんでしょ?」

   「え? あぁ…それも聞きたいか」

キリコ 「圭吾くんが明後日のプレ、一緒に行こうって奏太を誘ったのよ。奏太は困った顔して黙って、でもすんごい小さくうなずいてたけどさ」

   「そうだったんだ」


田舎の暗い夜道に煌々とまぶしい自動販売機の前で立ち止まり、ホットコーヒーを2本買う。


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…うー、持つだけであったまるわー。

そして実家とは逆の方向に歩き出すと、「え、どこいくの?」とキリの声が聞こえてきたけど、俺は答えずに進んだ。

白い新築戸建てが見えてきて、戸建ての前にある遊歩道の花壇ブロックに腰を下ろした。


   「やっぱりいいよなー、ここ」

キリコ 「これが見たかったのね」


キリも俺の横に座り、缶コーヒーを開ける。


   「服が完成したよ」

キリコ 「そうなんだ。で、何作ったのよ?」

   「ん? 奏太のナポレオンジャケット」

キリコ 「へぇ、いいじゃん」

   「それで明日…もう一度、社長とケンゾーくんに話すよ。止められるかもしれないけどさ。作った服も持ってって見せてみる」


徐々に冷めていくコーヒーを飲みながら、俺はキリを見る。

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   「最終確認ね」

キリコ 「なに? 改まって」

   「転職が失敗したらどうする? その可能性だってあるから。それでも前に進む?」


フリープランで引き留められてる今、まだ引き返せる。

それでも進みたい俺の隣にいてくれる?

なんて恥ずかしくて聞けるわけないけど。

聞けるわけないけど…俺の心の声とどけ! テレパシー!

脳天のあたりから思いを発信しようと頑張っている俺を見て、キリは少し呆れたような顔をしてから、戸建てを見る。


キリコ 「パパはこの庭を森みたいにして、奏太と土いじりしたいんでしょ? 私もそういうの見ながら執筆したい。人見知りの奏太もがんばってる、現在進行形で。ここまで3人とも進んできたんだもん、このままいこうよ」


…キリ。

ありがとう。

素直に言えなくて、思いを込めてうなずく。


   「わかった」

キリコ 「あー、寒くなっちゃった。帰ろ」


立ち上がって歩き出したキリのあとを慌てて追って、横に並んだ。



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あぁ、いま猛烈にキリの手を握りたい。

握ってもいいよな?

いつぶりだかわからないけど。

キリは俺の奥さんなんだし、躊躇する理由はないよな…?

思い切ってキリの手を握ると…すんげえあったかい。

俺の手はキンキンに冷えてるのに。

ほっこりしながらキリを見ると、キリは一瞬「え?」みたいな顔をしたけど、何も言わず歩いてくれた。

このままずっとおじいちゃんおばあちゃんになるまで俺と一緒に歩い…。


キリコ 「あのさ、恥ずかしいから離していい?」

   「…うん」

キリコ 「…明後日のプレ、奏ちゃん行くっていうかなー」

   「そうだね、いうかなー」



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※ この記事は2024年12月22日に再公開された記事です。

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