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公開 2018年09月21日  

小さい頃は、全身まるごと抱きしめてあげられたのに/ 娘のトースト 7話

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「結婚式で両親に渡す花束を作って欲しい」それが、中村さんから唯へのお願いだ。庸子はそれを、本人にどう伝えるべきか迷っていた。さらに具合が悪いことに、唯は今朝から元気がない。庸子はうまく話を切り出せるのか…。


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天気予報

コーヒーを一口飲み、そっと唯の顔をうかがう。なんだか元気がない。焼いてくれたトーストも、今日はいまいちだ。

「今日、夜はおばあちゃん家ね。連絡してあるから」

ぼんやりとテレビを見る唯に声をかける。

たて込んだ仕事を片付けるため、今夜は閉店後に作業をすることにしていた。今日みたいな日には、唯は母の家で夕食をとる。

「うん」

「終わったら迎えに行くから」

「うん」

機械的なあいづち。なにを考えているんだろう。

中村さんのことは、また今度にしておいた方がいいかな。

唯の朝練や私の仕事が重なり、朝にゆっくりと話をすることができず、中村さんや結婚式の手伝いのことも切り出せないままでいた。

今日こそはと思ったけれど、もうちょっと様子を見てからにしよう。

「夜から雨だって。傘持っててね」

テレビに映った予報を見て私が言うと、唯は、また「うん」と短い返事をした。

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「あ、降ってきた。濡れなくてよかったね」

フロントガラスに小さな雨粒がぶつかる。「うん」と、助手席の唯が返事をする。朝と変わらない調子で。

「唯ちゃん、なんだかずっとおとなしかったよ。学校で何かあったのかしら?」と、迎えに行った玄関先で母も心配そうに耳打ちしてきた。

「話聞いてみるね」と答えたものの、一体なんて切り出せばいいんだろう。「何かあった?」と聞けるのなら、もうとっくに聞いている。

「夜ごはん、なんだった?」

だんだんと雨が強まり、雨音とワイパーの音が車内に響く。

その音にかき消されそうな声で、唯が「春巻き」と答える。

「いいなあー、おばあちゃんの春巻き」

大きな声でうらやましがってみたけれど、唯は何も言わない。ちらりと横を見ると、膝に置いた両手の爪をずっといじっている。

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カフェオレ


最近ずっと機嫌がよかったのに、一体どうしたんだろう。

考えながらハンドルをきると、「……おいしかったよ」と小さく答える唯の声が聞こえた。

元気がないのは確かなのにちゃんと答えてくれるのがかわいらしくて、私は、少しだけほほえんだ。

話したいこと聞きたいことは山ほどあった。でも、何も言えずに、私は車を走らせる。

交差点の赤信号で停車する。家までもう少しだ。

「ねえ、ちょっとお腹すいちゃって。コンビに寄ってもいい?」

もう少し同じ空間にいたくて、提案する。さっき店でカップラーメンを食べただけで、ちょっと物足りないのも本当だった。

信号が青になり、交差点を曲がってすぐのコンビニに車を停める。

「何かほしいものある?」

「……カフェオレ」

車を出て、雨の中を小走りで店内に入る。お茶と鮭のおにぎり、それからカフェオレを買って、車に戻る。

わずかな間に一段と雨が強まってきた。走って車に向かう途中、うなじに大きな雨粒が当たり、思わず「痛」と声が出る。

「すごい降ってきたねー!」

あわてて車に乗り込むと、「ママ、ビショビショじゃん」と唯がポケットからハンカチを取り出した。

「大丈夫、ありがとう」

言われるほどビショビショではなかったけれど、嬉しくて、濡れた首すじをぬぐった後も腕や足のあたりを何度もふいた。

そんな自分がおかしくて、ふふっと笑いがこぼれる。

「なに?」

「なんでもないよ。はい、これ」

ハンカチと一緒に、袋から取り出したカフェオレも渡す。

「ねえ、今、飲んでいい?」

受け取った唯が、私に聞く。

「いいよ、ママもおにぎり食べちゃお」

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※ この記事は2024年12月09日に再公開された記事です。

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