「あー、卵はそんなにかきまぜないで!そうそう。火はもうちょっと強くていいよ。バターがジュワーッと音をたてるくらいね。で、卵を入れたら少し弱めて。そのままじゃ、ボソボソになっちゃう」
「もうー!わかってるってば!」
「この子にしてやれることは何だろう」娘の背中に想った/娘のトースト 最終話
10,823 View中村さんの式を経たある日の朝、唯から庸子にお願いごとがあるという。それは、ここ数ヶ月お互いの関係に悩んだ母娘の「再出発」にふさわしい内容だった。
慣れない手つきでフライパンを揺らして、くちびるをとがらせる唯に、私は「ごめんごめん」と謝る。いけない、いけない。つい、熱くなってしまった。
唯の夏休みがはじまった。
毎日のように部活があるので、のんびりというわけにはいかないけれど、普段の朝よりは余裕がある。
今日は私も店が休みなので、お互いの担当を入れ替えて、朝食づくりに挑戦している。
唯がオムレツで、私がトースト。
「いい匂いしてきたね」
「え、え、どうしたらいい?もう、ひっくり返していい?」
あわてる唯に「ゆっくりで大丈夫」と声をかける。唯は菜箸であちこちをつつきながら、どうにかオムレツをかたちにしていく。
「できた!」
少しいびつなオムレツを2つ、それぞれ皿にのせて野菜を添える。唯がはずむような足取りでそれをリビングのテーブルに運ぶ。
夏の朝の、まだ強くなりきらない日差しが、キラキラと部屋に満ちている。今日は、いい天気だ。
こないだの、式のこと
中村さんの結婚式の日も、とても気持ちのいいお天気だった。
当日の朝早くから準備をし、午後は唯と一緒に式に出席した。
いい天気でよかったね。きれいな会場だね。私、結婚式って初めて。中村さん、花束、喜んでくれるかなあと、朝から興奮した様子でずっと話し続けていた唯は、式がはじまると言葉少なになった。
参列者が見守る中、中村さんと田端さんが入場してくる。
唯は真剣な顔で2人を見つめ、声を合わせて誓いの言葉を言う時には、胸のあたりで両手を組み、祈るように聞き入っていた。
唯のつくった花束は、食事会の終わりに、中村さんからご両親に渡された。
花束を受け取ったお母さんが、中村さんの頭を引き寄せるようにして抱きしめた時、誰よりも大きな拍手を送っていたのは唯だった。
「さあ、次はママだよ。網を持ってー」
皿を置いた唯が、ドヤ顔で指示をする。
私は「はいはい」と返事をして、コンロに網を置き、食パンをのせて火をつける。と、「はい、だめー!」と、勢いよく声が飛んできた。
「すぐにパンをのせない!まずは、網を温めるの!」
指示する調子が私そっくりなのがおかしくて、吹き出してしまいそうになる。
「はーい」と返事をした後、言われたとおりに網を温め、それからパンをのせると、やがて、香ばしくて優しい匂いが漂いはじめた。
唯のお願い
「すっごくおいしい!」
初めてにしては上出来のオムレツをほめると、向かいの席に座った唯が嬉しそうにニッと笑った。
私の焼いたトーストもなかなかの出来映えだった。
何かコメントしてくれるかなと思ったけれど、トーストを一口食べた唯は、全然関係ないことを言った。
「ねえ、ママ。夏休み、部活ない日さ、お店手伝うね」
「ありがたいけど…、ちゃんと宿題も計画的にやるんだよ」
「うん。最近、花束つくるの楽しくて」
そういうことね。確かに結婚式以来、唯はずいぶん花束作りに熱中している。納得して、私は「オッケー」とうなずいた。
「中村さんがね、結婚式の時に言ってたんだけど」お皿をほとんど空にして、唯が言う。
「花束って、なんか人みたいだよねって。大きい花もちっちゃい花もいろいろ集めて束ねて、ちがう色も混ざって。一人の人も、そうやっていろいろなものが集まって、できてるんだよねって」
「へえ、そんな話してたんだ」
「うん。それで、私のつくった花束、すっごいほめてくれたんだ。なんかさ、中村さんって、先生みたいだよね」
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